『未観測Heroines #28』 /小説/長編
♯28
俺は列車と衝突し、即死した。
じゃあ、そう語っている『俺』は何者なのかという話だが、不思議とそれほど違和感はなかった――空中に漂い、惨状を俯瞰して見ている俺の残滓が、思考の真似事を続けているだけだろう。
損壊し、断絶された肉体は広範囲に飛び散っていた。事故の瞬間をビデオに取っていて逆再生すれば、合体ロボみたいに見えるかもしれない。
しかし、俺の元いた場所、ホームからは俺の体を破壊した電車(そう言うと俺が被害者みたいだが、実際はその逆だろう)が遮り、その凄惨たる様子の全容はわからないようで、電車が急ブレーキをかけた後、胡桃は、すぐに向いのホームに駆け出した。
ちゃんと、目で見るまでは信じないと
――いや、事故の瞬間は目が合っていたはずだが、見間違いだったと思い込みたくて、奇跡的に助かったのだと、言い聞かせて。
しかし、向いのホームにやって来た胡桃は、飛び散る俺の残骸を見て、言い訳の聞かない惨状を目の当たりにして、絶望し、その場に座り込んだ。
目撃した他の客も、実に不幸。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。彼らは、目を覆い、絶叫し、頭を抱えた。
――と、瞬間、時間が止まったように静まりかえる。すぐに、先程とは違う種類のざわめきが起こる。
「なに、私の目がおかしくなったの?」
「いや、きっと俺の頭がおかしくなったんだ」
「頭、浮いてるよね?」
彼らには、胴体から切り離された俺の頭部が、ひとりでに宙に浮いているように見えるらしい。が、俺からすれば、何が起こっているのかは明白だった。
線路に転がっていた俺の頭部をタマが、抱き抱えたのだ。タマの姿は彼らには見えないから、そういうふうに見えたというわけだ。
タマは、おれの頭部を胸に抱きしめた。白い衣装を粘っこい血が汚していく。
場が地獄の様相をていしてきた頃、胡桃は――胡桃の優れた頭脳は、こんな状況下でもきちんと働くようで、
「まさか、そこにいるのか」
ひとり、その現象に説明をつけた。
「いるんだね、タマ……」
他の客は、突然何者かに話し始めた女の子のことを、おかしくなったと思ったかもしれないし、むしろそれが自然だとすら思ったかもしれない。
が、違う。
胡桃の脳は、まさに今、正常に、高速に回転していた。こんな状況下であるにもかかわらず。もはや、異常とすら言える。
「ということは……五可も、そこに、いるんだね」
宙に漂う俺に、話しかける。
まさかのまさか。
発見される。
「五可……すまなかった、君のことを信じてやれなくて。もっと注意深く考えていれば、今回の危機を察知できたかもしれないのに……タマ、連れて行くんだね、五可を」
姿さえ見えない目線の先に、彼女の存在を、確信する。
「五可をよろしく頼む。そして五可、君の話が本当だったのなら助けてくれ、あの子を。あの子は僕の大事な――」
と以前、彼女がはぐらかした種明かしをする。でも、このことを俺は、きっと忘れてしまうのだろう。目が覚めたときにはもう――
胡桃の訴えを冷ややかな目で眺めていたタマは、何も言わず、視線を外した。
「行こう、五可。もうこの世界に用はないにゃ」
そして、世界の輪郭が歪み、発散した。