がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #27』 /小説/長編


♯27

 

■11月23日(水)


 今日は祝日なので学校は休みだった。

 11月23日、勤労感謝の日――俺はこの日付を、生涯忘れることはできないだろう。

 胡桃とは昼前に駅で待ち合わせた。

「落ちないように、気をつけろよ」

 胡桃と駅のホームで並んで立って電車を待っているとき、思い浮かんだことが口をついて出た。

 

「子供じゃあるまいし」

 呆れた様子の胡桃。言うことはもっともだった。もちろん、俺が言ったのはそのままの意味じゃない。

「でも実際にこの前、いや、3日後、お前はここで、死んだんだ」

 滅茶苦茶なセリフだった。

「うん、わかってるよ。君の妄想の話だろ?」

 俺にとっては現実(リアル)でも、彼女にとっては、今だに与太話。それは仕方ない。

「俺の『記憶』が正しければ、向こうのホームだった。そういえば、あの時、胡桃はどこに行こうとしてたんだ?」

 こちらのホームからは、都市部に行くことができる。今日の目的地と同じ、地域最大級の本屋に行こうというのなら、わかる。まあ、とはいえ、俺もこちらの世界の胡桃のことをそれほど、知っているわけではないので、普通に反対側も生活圏なのかもしれないのだけれど。

「さあ? 『僕』が知るわけないだろ」

「心当たりは?」

「こちらのホームから、東へ行けば都市部、逆向きに行けば、山間部。あえていうなら、実家がそっちの方向だけれど、特に用事はなさそうだね」

「実家? お前の実家は何個あるんだよ」

「いや、おばあちゃんちという意味だ。だいぶ前に亡くなったけどね」

 確か、今彼女が住んでいる家は、元は父方の祖父母の家――といつか聞いたような気がする。それは、こちらの世界でも変わるまい。

 電車に乗り込み、適当な座席に座る。席はわりと空いていた。右を向けば胡桃の横顔、左を向けば、尻尾が揺れていた。

 後ろ向きにベンチに膝立ちし、窓から流れる景色を見て、はしゃいでいるのは、猫耳少女タマだ。

 これだけ騒いでいるのに、乗客も――胡桃も気にした様子はない。

 これまで実は半信半疑だったのだが、タマが俺以外の人間には見えないという設定は、本当だったらしい。

 

 ◇


 家を出るときのこと。

「ん? 今日も胡桃の家にいくのか? こっちの胡桃とそんな仲良しだったか?」

 俺は俺で、いつもより小綺麗な格好をした俺に、タマが疑問を口にした。

「いや、今日はデートだよ。一応、俺たち付き合ってるからな」

「にゃにゃ!? そうなのか? いつの間にそんなことになったにゃ?」

「この前の土曜日」

「えー? 黙ってるんだもんにゃー。そんな大事なこと」

 俺とタマの関係から言えば、そんなに重要だとも思わないが。タマは、神様の使いで、このゲームの案内人のようなものだから。

「わかった。私もついていくにゃ」

「おいおい。人のデートの邪魔するなよ。野暮にもほどがある。それに、お前、俺以外の人間には見えないみたいなこと言ってたのに、この前はしっかり胡桃に見られてたじゃないか」

 A世界の胡桃に。

「どうやら元の世界の胡桃には見えるようにゃ。でも、こっちの世界では大丈夫なはずにゃ」

「しっかりしてくれよ、お前だけが頼りなんだから」

「えへへー。そうか。私が頼りか。安心するにゃ。今度こそ大丈夫にゃ」

 

 ◇

 

 ファストフード店で昼食を取ったあとに向かったのは先は例の大型本屋。以前も一緒に訪れた場所。あのときは、胡桃の休日に同行するという形だったけど、今回は違う。

 本の壁に圧倒されていると胡桃が横に並んできた。ここ数日で、明らかに変わった距離感――それこそ、体温が伝わるほどの。こうして近づくと、長い髪からシャンプーの匂いがして、胸が高鳴る。

 


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「この棚だとおすすめはこれかな。読んでみるといい」

 渡されたのは一冊のSF小説――ぽいタイトルと装丁の小説。

「俺、立ち読みなんてしたことないから、ちょっとだけ抵抗あるな」

「なら買ってやろうか? ちょっと待ってろ」

 そう言って、レジに向かい、すぐに戻ってくる。

「ほれ、彼女からの初プレゼントだ」

 紙袋を渡される。

「あ、ありがとう」

「最初にして最後かもしれないけどね――あっちの休憩スペースで読むと良い。さて、僕も、そろそろ、始めようかな」

 そしてすごいペースで本をめくり始める、立ち読みの悪魔。

 2時間後、休憩スペースで本を開く僕の様子を見た彼女は言った。

「何だまだ3分の1くらいしか進んでいないのか。僕はすでに3冊読み終わったぞ」

 

 

 ◇

 

 

 そして、たっぷりと数時をつぶし、帰路につく。

 再び駅で電車を待つ俺と胡桃(とタマ)。

「せっかくの初デートなのに、悪かったね。僕の普段の休日に付き合わせるような形になって」

「いや、楽しかったよ。次は漫画の立ち読みができる本屋だと助かる」

「ふふ。デートというのは初体験だったが、悪くないね」

「あまり色気はなかったけどな」

「だから、その辺は期待するなと言ったはずだ」

「だよな」

「まあ、でも――」

「え?」

「今日の僕は機嫌がいい。少しくらいならいいぞ」

「いいって何が?」

「だから、その、少しくらいならいいぞ、色気」

「マジで!?」

「期待するなとは言ったけどね、僕だって年頃の女子だ。それなりにそういうことに興味はある。家の近くに公園があるだろ。そこまで待て」

「ワン」

 思わず犬になってしまった。

「よしよし良い子だ。では、それまでのつなぎとして、手でも繋いでみようか」

 やった! ということは、手を繋ぐ以上のイベント確定じゃないか!

「ワンワン」

「まったく、しょうがないな、君というやつは」

 胡桃が、手を出した先に。

「え?」

 黒い蝶々が横切った。宝石みたいにきらきらと輝いている、この世のものとは思えない見かけの、この世のものではないもの。

 胡桃が死ぬのは3日後のはずだ。しかし、薄々気づいてたことだが、俺はそれを一度しか目撃していない。

 こちらの胡桃は11月26日に死亡するというルールは、タマが言っただけだ。見える見えないの話がそうであったように、絶対ではないのかもしれない。

 ホームの時計を見る。

 午後5時30分にさしかかろうとしていた。

「どうした? 五可」

 出した手を下げる胡桃。

 俺はタマを睨んだが、タマは涼しい顔をしていた。

「この、胡桃から離れろ!!」

 俺は蝶を振り払おうとした。

「おい、五可、どうした?」

「逃げろ、胡桃、この蝶は――やばい!」

「蝶? 蝶なんかいないぞ」

 見えてないのか。なら、俺の言動は、さぞ変に映っているだろう。気が触れたと思われているかもしれない。でも、そんなこと気にしている余裕はない。俺は懸命に腕を振り続けた。蝶はやがて、逃げていた。

「五可あ!!」

 胡桃の声で我にかえる。

「え?」

 眼前に電車が迫って来ていた。通り抜けの電車だろうか、スピードを落とす気配はない

「は?」

 再び間抜けな声が漏れる。

 え、何? 俺?

 助けを求めるように見上げると――なぜか見上げる位置にいた胡桃は、青ざめた顔で俺を見下ろしていた。