『未観測Heroines #26』 /小説/長編
♯26
■11月21日(月)
こちらの世界で目覚め、こちらの世界の胡桃の部屋に突撃し、そしてどういうことか1週間の期限付きで付き合う(誤解なく言っておくと、ここで言う『付き合う』とは、男女交際のことだ)ことになったのが土曜日のこと。
翌日、日曜日は適当にタマと遊びながら過ごし、そして今日、月曜日。
一応学校には来ている――教室で授業を受けていて、今4限目が終わろうとしている。
けど、もはや、学校に来る意味があるのかどうかは怪しかった。今回でゲームを攻略できない限りは、どうせまた『リセット』されるわけだし、ましてや、今日の授業の内容は、すでに『知っている』ものだった。
かといって、ほかにすることもない。いや、本当はいろいろあるのだろうが、行き詰まっていた。次に何をすべきかわからない。
まあ、いいさ。
胡桃が死ぬのは週末だ。
まだ、時間はある――
――
―――
――――
何考えてんだろう、俺。
感覚が狂ってきている。
胡桃の死に対して、以前ほど危機感がなくなってきている。
「どうした? 怖い顔して」
そう話しかけてきたのは鈴木だ。
いつの間にか授業が終わり、昼休みに突入していた。
「何だよ怖い顔って、鬼のような顔で座ってたか?」
「いや、むしろ能面みたいな不気味さだったぞ。そういう意味での怖さだよ」
――と、廊下に視線を移すとそこに胡桃の姿があった。うちの教室に何か用事だろうか、中の様子を伺っている。
こちらの世界の胡桃はあまり社交的ではない。近づいてくるなオーラを纏っており、こうして、他所の教室に来たところで、彼女に話しかける者はいない――みんな、ちらちらと様子を伺っているだけだ。
胡桃は教室に入ってくると、こちらのほうにスタスタと歩いてきて、俺の机の前で止まった。何だ、俺に用事だったのか。
「どうしたんだ?」
「昼休みだ」
「わかってるよ」
「お昼、一緒に食べようと思って、誘いにきたんだ」
「え?」
「え? じゃない。別に普通だろう。だって、僕たちは付き合ってるんだから」
鈴木がギョッとした表情をこちらに向ける。ほかのクラスメイトたちも聞き耳を立てているのがわかった。つまり、居心地が悪かった。
なので、退散することにする。胡桃のあとについていく俺を、鈴木が呼び止めた。
「おい、いつの間に、そんなことになってんだよ」
「さあ。俺も不思議なくらいだ」
先を歩く胡桃がくるっと、振り返る。
「置いてくぞー、五可」
「ああ」
と、雛鳥のように後を追っていく俺。
「畜生。いいなあ」
後ろから鈴木のぼやく声が聞こえた。
◇
階段を上がる。来たことがない場所だった。
「何で鍵持ってんだよ」
老朽化の著しい鉄の扉は立入禁止と貼り紙がされていた。
「どうだっていいじゃないか、そんなこと」
ドアノブを回す胡桃の表情は言葉通り、心底つまらなさそうだった。ドアを通過すると、青空の下に出た。
屋上。
この学校にそんなものがあって、屋内から出ることができるなんて初めて知った。いや、立入禁止ということだから無理もないんだけれども。
肌寒いのかと思いきや、日が直接あたり、そうでもなかった。
胡桃は、軽い足取りで、迷わず屋上の床を踏んでいく。風になびいて、ポニーテールが揺れた。頭部の左側に着けた星型の髪飾りが太陽の光を反射する。
――あの髪飾りも、夢に出てきたファクターだ。
子供の頃の夢。
胡桃と二人で、山で遭難したときの記憶。
洞窟で、地面に埋めた、幼い頃の胡桃の宝物であり、10年後に一緒に取りに行こうと約束した髪飾りを、なぜこちらの世界の胡桃は持っているのか。
その疑問については、もちろん、土曜日に胡桃に聞いていたが、はぐらかされていた。
――ん? 10年後?
「何だ? 五可。じろじろ見て。僕に見とれてるのか?」
「いやあ……。なんで、いつも同じパーカーを着ているんだろうと思って」
俺は誤魔化した。
「まったく、阿呆だな五可は。同じもののはずがないじゃないか。だって、それじゃあ、洗濯をしていないことになる。もしくは、同じものを何着も持っているかだが、そんな風変わりなこともあるまい。単に、少しずつデザインが違うものをたくさん持っているだけだ」
「十分風変わりだと思うぞ」
「着やすそうなのを選んでたらこうなったんだ。黒だと汚れも目立たないしね」
うーんと伸びをする胡桃。
「ここ、よく来るのか?」
「ああ。お気に入りの場所だからね。昼休みは大抵ここにいるし、何なら休日もここで過ごすことがあるくらいだ。晴天のもと読書をするのも、なかなか良いものだぞ。今度試して見るといい」
「他に人は来ないのか?」
「ああ。一般生徒でここの鍵を開けられるものは、僕だけのはずだ」
「ふーん。胡桃は、いつも1人なんだな」
「そうだよ。僕は元来1人で過ごすのが好きなのさ」
そりゃそうだ。こんな場所で暇を潰す理由が、ほかにあるだろうか。
「だよな。話しかけるなオーラがにじみ出てる」
一人でいても楽しくないだろうに。
誰かといたほうが、幸せだろうに。
と、俺なんかは普通にそう思うが、凡人にはわからない感覚が彼女にはあるのかもしれない。
「でも、五可ならわりと平気かもしれない」
なんて男心をくすぐることをさらっと言っう。
「それにね、見ろ、空が広い。ここにいると、つながっている気がするんだ」
「つながってる? 何と?」
「さあね? 推理してみな。それは君の仕事だろう?」
胡桃は髪飾りを触った―――少し、寂しげな表情。
「さあ、並んで仲良くお昼ご飯をいただこうか。付き合うと言ってみたものの、よくわからん。こんな感じでいいんだろう?」
「たぶんな。でも、改めて聞くけど、何で付き合ってくれる気になったんだ?」
「僕だって年頃の女子なんだ。そういうことに興味がないわけではないよ。あえて言うなら、気が向いただけだよ」
わからないと言いながら、今日だって胡桃が主導してくれた。実はお姉さん属性なのだろうか。
しかし、まがりなりにも俺から告白しておいてこれでは、少し情けない気もするので、俺は言った。
「今度の休みの日、デートしようか」