がらくたディスプレイ

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『未観測Heroines #31』 /小説/長編

 


♯31


□11月22日(火)


「ごめんね、急に呼び出したりして」

 公園のひんやりとした空気を伝って俺の耳に届いた胡桃の声は、とても澄んでいた。

 深い闇の中、電灯で照らされた胡桃の姿は、スポットライトを浴びた役者のように、綺麗で神秘的だった。

「五可に、どうしても伝えたいことがあって」

「ああ、それは別いいけど、どうしてわざわざこんなところに?」

 と、辺りを見回す。胡桃は笑いながら息を漏らした。

「この公園、覚えてる?」

「覚えてるも何も、めちゃくちゃ生活圏だ」

「それはそうだよ」

 俺の投げやりな言い草も、幼馴染みは慣れたもので、軽くいなす。

「――ちがくて、子供の頃、よく一緒に遊んだこと」

 と、人差し指。

「あのブランコで、どちらが高くこげるか競争したり――」

 トロいくせにムキになって、落ちて膝を擦りむいたり、

「あの砂場でお山を作ったり」

 両側から掘ったトンネルの中で触れ合った手が、妙にくすぐったかったり。

「あの頃からずっと一緒で。だんだんと一緒にいる時間は少なくなっていったけれど、それでも仲良しなのは相変わらずで」

「そうだな、俺は一人っ子だったけど、妹がいたみたいだった」

「私も一人っ子だったけど――え? 五可が弟じゃないの?」

「ん?」

「私、五可のこと出来の悪い弟みたいに思ってたよ」

「ええ? 胡桃こそ、危なっかしいし、すぐ泣く妹みたいだと思ってたけど」

「……」

「……」

「あの頃は、当たり前にいつまでも一緒だと思ってたけど――」

 変な空気を払うように、胡桃は話を続ける。

「いつのまにか、私達は高校生で、高校を卒業すれば大学に行って、大人になって」

「まあ、そうなっていくんだろうな」

 大人になっていく。

 だから、俺たちもいつまでも同じではいられなくて。

「これからきっと、大人になるにつれて、一緒にいるのが当たり前じゃなくなるかもしれない。だから、あのね――」

 モジモジと、うつむき加減で言いよどむ胡桃。

「ああ――」

 俺は、この先の展開を知っている。

 この甘酸っぱい空気も。

 何度目の体験か。

 初めてのときは、あれだけ感動したのに。

「あのね……」

 もはや、俺にとっては、ただの通過儀礼となっていた。

 明日を迎えるための通過儀礼。

 だから。『わかってるから』、早く言えよ。

「私、もう、ただの幼馴染じゃ、やだよ」

「え、それって」

 俺は驚いたような、『ふり』をして、

「私、好きだよ、五可のことが。ずっと一緒にいてほしい。幼馴染としてじゃく、彼氏彼女として」

 俺は、しっかりと溜めを作って。

「もちろんだよ。というか、飛び跳ねるくらい嬉しい。俺も胡桃のことが大好きだから」

 用意していた返事を聞いて、胡桃は花のように顔を綻ばせた。

「嬉しい」

「ずっと女として見てた」

「嬉しいよ?」

「そういうの嫌じゃないの?」

「私もずっと男として見てたから」

「めっちゃ興奮する」

「それは嫌だよ」

 冗談だよ、と俺は笑って。

「俺も、胡桃とずっと一緒にいたい」

 そうだ。

 そのために俺は、この狂ってしまいそうな地獄をさ迷っている。

「昔、洞窟で言ったよな。ずっと手を繋いでようって」

 胡桃は驚いたような表情をみせた。

「五可……覚えてたんだ、すっかり忘れちゃったのかと思ってたよ」

「俺は記憶力はいいほうなんだ」

「あはは。嘘つき」

「本当さ。雨の音。土の匂い。胡桃が大事にしていた髪飾りを埋めたことだって覚えてる。結局掘り起こしにはいけなかったけど」

 後で掘り起こそうという約束。いや、十年後だったか。

 ん? いやまて。十年後というと、ちょうど――

「そんなこと、よく覚えてるねー。でも、さすがにそれは無理だよね。第一場所がわからない」

 と、なぜか、その話題にはあまり、乗り気ではない胡桃。声のトーンもやや落ちたように聞こえる。気のせいか?

「じゃあ、新しい約束。明日、一緒に出かけようよ」

 と、上目遣いで、はにかむ。

 そうだ。

 大事なのはこれからだ。

 これから、この笑顔を絶やさないように。

 ずっと彼女のそばにいられるように。

 そのために、俺が胡桃を救うんだ。

 

 

□11月23日(水)


 そして、翌日。

 勤労感謝の日。

 空から落下してきたイルカくらいのサイズの看板に押し潰された胡桃を見て、俺は絶叫した。うまい具合に、頭だけが、地面と看板に挟まる形になっている。

 ピクリとも動かない。

 頭部を中心に血が広がっていく。

「くそ、胡桃」

 わかってるさ。

 こうなったら、もう駄目なんだ。助からない。事故自体を避けるしかなかったのに。

 わかっているけど――

 だって、大好きな恋人が、こんな目にあってるんだ。

 必死にならないと変だろう?

 慌てなくちゃ駄目だろう?

 なんとか、看板をどかす。よく一人で持ち上がったものだと思うが、代わりに全身の筋肉が千切れそうだった。

「胡桃――」

 仰向けになるように裏返す。

「――――」

 顔面が、滅茶苦茶だった。

「――――じゃない」

 今。

 何て?

 でも。

 だって、あの可愛らしい。

 付き合ってからの初めてのデートで気合を入れて、薄く化粧をした。

 派手でなくても、可愛らしい。

 よく見知った、幼馴染の面影がない。

 骨格からして、変わっている。

 うん。

 ここには、もう胡桃はいない。

 そう考えよう。

 そうだ。

 俺は『胡桃』を探しに行かなければならない。

 次の胡桃が待っている。

 俺は頭を掻きむしった。

「タマァァァ!! もう一度だ!!」

 


 ◇


 駄目だ駄目だ。

 どうやったって死ぬ。

 どうやったら、胡桃を救える。

 合理的に考えろ。

 どうやったら、あの笑顔を守れる。

 大好きなんだ。

 昔から。

 彼女の笑顔を守るためならなんだってする。

 


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 そうだ!

 名案を思いついた。

 実に合理的だ。

 なぜ、こんな簡単なことに今まで気が付かなかったのだろう。

 


□11月23日(水)

 

 


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 胡桃を監禁してみることにした。

 

 

 

/つづく

 

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