がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #22』 小説/長編

 

♯22

 

「とうさーん」胡桃は心底冷たい目線を階下の俺に送った。「こいつ頭がおかしくなったようだ」

「そのようだな」

 二人に呆れられる。

 当然と言えば当然。さすがに聞き方が直球すぎたか。

「が、興味がある。僕の部屋に来い。話を聞こう」

「「えー!?」」

 声は綾ノ父と同時。綾ノ父は少し葛藤したのち、

「まあ、いーけどよ、襲われたりしたら大声だせよ」

 と頭を掻きながら言った。


 ◇

 

 前に一度訪れた胡桃(Bのほう)の部屋。あのときは、ひどく混乱していたし、眠っていた胡桃に抱きついたことを胡桃が怒って(それぐらいで怒るとは大人気ない)すぐに追い出されたから、ぼんやりとしか様子を覚えていなかったが、やはり、俺のよく知る胡桃(Aのほう)とは、かなり雰囲気が違う。

 部屋の構造は同じだし、置かれている調度品も共通しているものもあるが、少しずつ――例えばカーテンの色や、時計の形や、文房具のデザインや、本棚のラインナップが――違う。結果、どことなく漂っていたファンシーな雰囲気はなく、どちらかというと俺の部屋のようなシャープさが見られる。

 とはいえ、そこは女の子の部屋。健全な男子高校生として、感じるものはある。どことなくいい匂いするしな。

 

「君がこの部屋に入るのは何年ぶりだろうか、いや、それを言ったら言葉を交わすこと自体、どのくらいぶりか――」

 胡桃は自分のベッドの上に座った。俺はどうしようかと考えたすえ、無難に床の上に腰をおろし、あぐらをかいた。まさか、隣に座るわけにもいかない。また、追い出されてしまう。

「まあな」

 曖昧に答える。目の前にいる胡桃との関係がどうだったかは俺にはわからない。

「さて、さっきの、何だっけ? 僕の中のもうひとりの僕? と言うとひどくポエミーだけれど、一体何なんだそれは?」

 饒舌さに反して平坦な口調。しかし、今回は、若干の感情も読み取れた。興味と――それとなぜか、ある種の怒りのような感情。

 俺は経緯を説明した。

 経緯――本当にストレートに。そのまんま。

 俺が未来から来たこと。

 胡桃とは恋人関係だったこと。

 未来では、胡桃が交通事故で死んだこと。

 突然現れた猫耳少女のこと。

 過去に戻ったこと。

 戻るたびに胡桃の性格が切り替わること。

 何度やり直しても、必ず胡桃が死んでしまうこと。

 神様のゲーム。

 夢を見ること。

 洞窟での出来事。

 そこで交わした約束。

 もう一人の胡桃。

 子猫との思い出。

 



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 とにかく、思いつく限り、現状を話す。それを胡桃は、相槌も打たず、合いの手も入れず、終始難しい顔をして聞いていた。

「一応確認するが、それは君が創作した小説か何かの話じゃないのか?」

「全部現実の話だ」

「それを僕に信じろと? 創作でないなら夢ではないのか? 妄想では? 幻覚では?」

「もちろん、証拠もない。拠り所は俺の記憶だけだ。信じる信じない以前に、取り合う価値もないくらいの妄言だってわかってる。でもさ、絶対に有りえないなんてこと、この世にはない。だって、ツチノコが『いない』ことって、証明できないだろ?」

 俺は、用意していた台詞を言った。これは、以前彼女が使っていた理屈だった。胡桃はふんと鼻を鳴らし、

「ツチノコなどいない。証明する必要もない。屁理屈を言うな」

 ――と、バッサリ斬った。

 なんだか納得いかない。

「つ、つまりだな、『ない』ことを証明するのはとても難しくてだな――」

「そんなことはわかっている。わからないのは、例えがなぜツチノコなのかだ。しかし、あれだね、五可。『悪魔の証明』を持ち出せば格好がつくと思っているのか? 中二病なのか?」

 悪魔?

「中二病はちゃんと中二の時に卒業つもりだ」

「だからどうした。僕は小学生の真ん中あたりで卒業したぞ」

「……」

 格好いい。

「とはいえ、信じられないと言ってしまえば、話はそこで終わりだ。面白みがない。なので、仮に君のいうことが真実だったと想定して、話を進めよう。もしこの話がすべて君の妄想だという説を採用した場合、非常にまずい状況だしね。むろん、まずいのは君にとってであって、僕は何も困らないが――」

 そう前置きして、胡桃は続けた。

「いろいろと思うところはあるけれど、とりあえずの感想は、君は状況を複雑に考えすぎだということだ」

「複雑? 確かにわけがわからない状況だけれど……」

「僕が言っているは、『過去に戻るたびに、綾ノ胡桃の性格が入れ替わり、併せて綾ノ胡桃の周囲の人間関係や環境も変化する』という、君の解釈の仕方だ。馬鹿なのか君は。まるでなっちゃいない。こう考えたほうがずっと楽だろう。君は『2つの世界を行き来している』ってね」