『未観測Heroines #21』 小説/長編
♯21
■11月19日(土)
瞼を開く。
俺の部屋の天井だ。
『あれから』、どれくらいの時間がたった? 違う。時間は経過してない。戻ったはずだ。だって、俺はタイムリーパーなのだから。この部屋で目覚めたということは、そういうことだ。
時計を確認しようと首を動かすと、視線の先に、見知った少女の顔があった。頭部から猫のようなフォルムの耳がついている。
「良かった」
彼女は涙目だった。俺と目が合うと、おおいかぶさるように抱きついてきた。
「ちゃんとこっちに来れた。間に合わないかと思った……にゃ」
「俺は……死んだ……のか」
胡桃を助けるつもりが、巻き込まれて死んでしまった。なんて間抜け。
「そうにゃ。死んだにゃ、五可ぁ……。私がいないところで死んじゃ駄目にゃぁ。五可を過去に連れてこれなくなっちゃう」
それはそうだ。死の瞬間、俺を過去に連れてきてくれるのは、タマの仕事だ。
「勝手に死んで……お前以外で、殺されて――ごめん」
俺は、鼻をすする少女の頭をそっと撫でた。
◇
タマによると、彼女が駆けつけるのがあと少し遅かったら、俺は普通に死んでたとのことだ。普通の死、というと変な感じがするが、要はタイムリープすることなく、そのまま人生終了ということだ。
しかし、俺にはまだやるべきことがある。好きな幼なじみを助けなければ、死んでも死にきれない。
作戦を変えよう。
よくわかった。迫りくる危険から、格好よく、体をはって、守るという発想は、筋違いなようだ。
胡桃の死には、理屈がある。カラクリがある。それを解くのが、このゲームの趣旨だと、ちゃんとタマは言っていたはずだったのに。
時刻は朝の10時。
俺は綾ノ家の玄関の前にいた。
在宅なのかどうかはわからないが、とりあえずは、インターホンを鳴らす。
スマホで連絡をとってみても良かったが、『今回』の胡桃は『B』のほうのはずだ。タマいわくの胡桃『B』。俺とは親しくならなかった、というか親しさを維持できなかったパターンの胡桃。
一応スマホに連絡先くらいは登録されているが、悲しいくらいに履歴がない。突然メッセージなりを送るのも不自然だし、無視される可能性が高い。なぜなら、違うのは俺との関係性だけじゃなく――
インターホンを押して少しして、玄関の施錠が開けられた。
この家は、胡桃と父親の二人暮らしだ。胡桃が出てくれればそれでよかったのだけれど、出てきたのは父親のほうだった。
茶髪の男。胡桃の父――綾ノ武志。胡桃に会うためには、ひとまず、この男を突破する必要がある。
「ん? 伊津んちの五可じゃねえか、久しぶりだな。何だ? 胡桃に用か?」
「ああ、そうだよ。呼んでくれ」
「まさかうちの娘に告りに来たんじゃねえだろうな?」
否定したところで、じゃあ何の用だとなるので、ひとまず話を合わせておく。
「まあ……そんなところだ」
「何!? まじかよ」
品定めするように俺を見る。
「お前じゃ無理だ。帰んな」
「あんたが決めるなよ!」
「そりゃあそうだ。決めるのはあいつだ。しかし、父親としてはいろいろと複雑なんだよ。しょうがねえな」
舌打ちをしてから、階段の上に呼びかける。
「おーい、寝てんのかー。隣んちの五可がお前に告りに来てるぞー」
「先に言うなよ!」
少しの間のあと、階段の上からくぐもった声が聞こえる。
「今いないと言ってくれー」
と、そんな悲しい返事。綾ノ父は俺に向き直り、
「胡桃は留守だ。帰れ」
と、悪びれずに言った。
「今、声したじゃん!」
「リモートだよリモート。外出先から応えてんだよ」
「嘘つけ! どういう状況だ!」
「大人は嘘をつくもんだ。ていうか、うちの娘は会いたくねーって言ってんだよ! わかれよ!」
「うっさいな」
と、今度は壁越しでない、クリアな声。
階段を見上げると、不機嫌そうな胡桃の姿があった。
「何だ、いるじゃん」俺は俺でしれっと言った。「ちょっと、お前に聞きたいことがあるんだ」
「え? 告りにきたんじゃねえのかよ」
と、綾ノ父。
「ああ、それな。うん。胡桃、俺はお前が好きだ。そして、それとは別にお前に聞きたいことがある」
もはや、俺は今の――つまり胡桃Bのことを好と言えるのかわからないが(ほとんど別人だしな)、とりあえず話の流れなので告っておいた。
「……僕にだって一応乙女心はあるのだぞ――まあ、いい。で、何だ? 僕に聞きたいことって」
そこで話せと、階上から見下ろす。
タマから忠告は受けていた。
胡桃に直接聞いても無駄だと。
あたかも自然に。
自然が無理なら、あからさまに。
神様が調整するから、胡桃から『答えを聞くことはできない』。
でも、やっぱり試さずにはいられない。謎を解くための最短ルートが目の前にいるのだから。
「お前の中にいた、もう一人の胡桃のことだ」