がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #20』 小説/長編

 

♯20

 

 頭がグワングワンしてる。

 不思議と、痛みはない。

 どうなった?

 落ちてきたのは何だ?

 看板か何か?

 わからないが、確かに潰された。

 凶悪な重量の落下物に。

 よな?

 記憶が飛んでる。

 いや、痛い。

 急に神経が接続された。

 とてつもなく、痛い。

 とてつもなく、苦しい。

 仰向けの俺に、鉄の塊が覆いかぶさっている。

 鉄にちがいない。

 重くて、固くて、鉄の匂いがする。

 空が見える。

 真っ赤な真っ赤な夕焼け。

 雲まで紅い。

 痛い痛い痛い。

 意識が千切れる。

 命が途切れる。

 これが本物の死。

 死は2回ほど経験している。

 タマに殺されたアレ。

 全然違う。

 タマの唾液は麻酔入りだったのか?

 胡桃は?

 首を動かそうとするが、叶わない。

 体に力が入らない。

 でも、胡桃の匂いはする。

 いい匂い。

 強烈な鉄の匂いと混じって。

 長い髪が頬に触れる。

 いた。

 俺と鉄の間に。

 覆いかぶさるように。

 俺をかばうように。

 こんなに近くに。

 生きてる?

 わずかに呼吸を感じる。

 誰か助けて。

 俺たちを。

 周りはどうなっている。

 喧騒が聞こえる。

 誰か。

 ガガガ。

 頭の中から騒音がする。

 うるさいな。

 


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(イ……カ……) 

 胡桃が息を吐く。

(大丈夫?)

 と言っている、たぶん。

 ザザザ。

 うるさくても、胡桃の声は聞こえるんだ。

 俺は。

 そっちこそ。

(痛い)

 大丈夫なわけない。

(ごめん)

 何が?

(守れなくて)

 馬鹿。

 俺のほうだよ。

 どう考えても。

 俺と胡桃の体は重なっていて。

 もう、体のあちこちに感覚がなくて。

 どこから俺で。

 どこから胡桃か。

 わからなくなる。

 血も。

 匂いも。

 痛みも。

 なにもかも。

 混ざり。

 合う。

 ああ。

 もう。

 頭がどうにかなりそうだ。

(嬉しい)

 何が?

(ひとつになれた)

 ああ。

(ずっと、一緒だよ)

 口で口が塞がれる。

 ドロッとしたものが、喉に流れ込んだ。

 咳き込む力もない。

 そのまま。

 胡桃は動かなくなった。

 また死なせてしまった。

 ごめん。

 次は助けるから。

 次?

 次はあるのか?

 だってここにはアイツがいない。

 痛い。

 寒い。

 寒い。

 寒い。

 遠ざかる喧騒の中。

 遠くで。

 ガガガガガガガガガ。

 アイツの声が。

 聞こえた。

 気がし――