『未観測Heroines #13』 小説/長編
#13
「で、僕はいったい、どうやって死ぬんだ?」
駅前の雑踏の中、道行く人が聞いたらどう思うだろうというようなことを、胡桃は平然と口にした。
「僕としたことが、一番重要なことを聞いていなかった。一応用心しておくとしよう。万が一、君の頭がオカシクなっていないという可能性もあるからね」
「車との交通事故だ」
「そうか、まあ、考え事をしていて、ふらふらと車道に出ることもあるからね。わからないでもない。場所は?」
「あっちのほうだ」
俺から見て右側、駅前から入る路地を指差す。
「とりあえずまあ、そっちに行かなければいいだろう。それにしても、何だか怪しげな通りだな……君は、その事故を目撃したのか?」
「ああ、一緒にいたからな」
「昨日から思っていたことだが、五可。君、『未来から来た』という以外に僕に隠していることがあるな?」
「……」
「なぜ僕と君があんな怪しげな通りを一緒に歩いていたんだ?」
「それは……」
時間遡行の前は、胡桃の性格が今とは違っていて、俺と胡桃の関係ももっと親密だった――というか、付き合ってたしな、一応。
しかし、そこまでは言ってしまうと、さすがに、荒唐無稽を超えて、それこそ正気を疑われそうだ――いや、すでに疑われているとのことだが、相手にさえされなくなる可能性がある。
胡桃は言い淀む俺をじっと観察したあと。
「行ってみるか、あっちに」
胡桃曰くの『怪しげな通り』のほうを見て、まさかの提案をしてきた。
「は?」
「なに、車に気を付ければいいんだろう。子供じゃあるまいし、それで十分だろ」
「いや、そういうことじゃない」
「何だ、五可。僕じゃ不満か? 僕に好意を持っているんじゃなかったのか? 確かに同世代の女子と比べるとスレンダーかもしれないが、それを差し引いても十分魅力的だと思うぞ、僕は」
「ちょ、ちょっと待て、何の話をしているんだ?」
「かまととぶるなよ、五可。僕達はまがりなりにも年頃の男女だ。それ以上の説明が必要か?」
「いやいやいや、おかしいだろ。何ていうか唐突だ。キャラじゃない」
「僕のことをどう思っているのか知らないが、僕にだって色情のひとつやふたつ、あるのだぞ。そして未知のものに対する探究心もな」
「ほ、本気で言っているのか?」
「もちろん冗談だ」
と、トーンを変えずに、言葉をひっくり返す胡桃。
冗談? なーんだ。
「本気にするやつがあるか。まったく、君は阿呆だな。ふふ」
「今、笑ったか?」
「別に僕は笑わないキャラではないぞ。可笑しいことがあれば笑うさ――さっきの五可の慌てた顔のようにな。さて、そろそろ行くぞ、電車が来てしまう」
そうして、天王山だと思っていた午後5時半を過ぎ、6時になり、家に帰り着いても、何も起きなかった。
◇
■11月24日(木)
1限目、化学。
タイムリープなんて嘘みたいな体験をした一昨日とは違って、初見の授業だ。いや、まだ一度は経過した時間のやり直しの中にいるわけだが、確かタイムリープ前は木曜日、金曜日とショックで学校を休んでいたから、この授業には出ていないのだ。
――。
昨日、家に帰ったとき、タマの姿はなかった。なんとなく、あのまま部屋に居付く気じゃないかと思っていたが、そういうことではないらしい。
胡桃に関しては、夕方に家の前で別れたあとの様子はわからなかったが、今朝、家の前で結んだ髪が揺れる後頭部を見つけて、運命の勤労感謝の日――11月23日が無事終わったことを確認した。
終わったのか?
ゲームとか何とか大層なことを言ってたわりに。
俺のしたことと言えば、胡桃に注意を促したくらいのものなのだが。
窓の下。
相変わらずやる気なく体育のサッカーに参加する胡桃の姿を眺めながら、釈然としない思いをしていた。
■11月25日(金)
今となっては何が本当の記憶かもあやふやだ。
俺の知らない胡桃のいる世界が、日常が、俺の中で馴染み始めていた。
あれから、何度か胡桃に話しかけたが、そっけない態度は変わらなかった。祝日に少し仲良くなった気がしてたんだけど、あれは、あの日限りの特別なものだったのだろう。
馴れ馴れしくするなと言われたしな。
まあ、いいや。
徐々に取り戻していこう。
もう、恋人という形じゃないかもしれないけれど。
変わってしまっても、やっぱり、あいつのことが好きだから。
奇跡的に――それこそ漫画みたいに都合よく、幼馴染の死を回避はしたけれど、全部が全部そう都合良くはできてないという、これはきっとそういう話なのだ。
■11月26日(土)
土曜日なので学校は休みだが、特に予定はなかった。普段なら、適当に友達と遊んだりしたりしなかったりするのだが、流石に今週はそんな気にはならなかった。
とはいえ、家にいたって退屈だから、目的なく外に出る。
友達と会う気はないが、胡桃のこととなると話は別だ。朝にワンチャン胡桃にメッセージを送ってみてから数時間、いまだに反応なし。メッセージを見ていないか既読スルーかのどちらかだろうけど、後者のほうが確率が高い気がした。
街をブラブラと徘徊していると、誠実な俺の思いが天に通じたのか、路地に入っていく胡桃の姿を見かけた。あと数秒タイミングが違えば、塀に隠れて、その姿を見つけることはできなかっただろう。
路地の先には駅がある。
なら、またあの馬鹿でかい本屋に行くのかもしれない。『コスパのいい趣味だからね』とかなんとか言っていたからな。ちなみにコストはゼロではない。数駅分の電車代がかかる。
というわけで。
どうせ暇だしな。となんとか、言い訳をしながら、俺も追いかけるように駅に足を向けた。
改札を抜け、先の祝日と同じホームへ。
そして、胡桃の姿を探すが、見つからない。特急も止まらないような小さな駅だ。人もまばらで、いれば見つからないはずはない。
いや、いた。向かいのホームに、胡桃が幽霊みたいに佇んでいた。
幽霊? なぜそう思ったのかはわからないが、なぜだか、そう見えた。
俺の目がおかしいのかもしれない。
胡桃の周りを黒いひらひらしたものがまとわりついているように見えた。
胡桃は俺に気づく様子はない。
何にせよ向こうとこちらでは、行く先が真逆だ。俺がこちらのホームに来る電車に乗る理由はまったくない。
胡桃がどこに向かおうとしているのかはわからないが、向こう側のホームに行って胡桃と同じ電車に乗り込もうか。だんだん俺は何をやってるんだという気持ちになってくるが、ここまで来て後には引けない。
そして、ホームの階段を登り、線路の上を跨ぐ通路を進んでいる途中で突然、とてつもなく不快で壮絶な音が耳に刺さった。
不快。まるで、金属が絶叫しているような甲高さと重さを兼ね備えた音。
そして、今度こそちゃんとした人の悲鳴。
悲鳴?
何かに気づきかけて、頭をふる。
それでも、嫌な予感ははらわたを締め付けるように増幅する。
俺は、力の抜けそうな足でなんとか、ホームに向かう階段を降りる。
「え、いま、人落ちたよね」
「やばいやばいやばいやばい――」
「急いで救急車を……」
「馬鹿、どう見てももう無理だろ」
集まってくる人たちの様子から、人身事故があったことが伺える。
急ブレーキをかけたのは駅を通過しようとした特急列車のようだった。そんなスピードで衝突する鉄の塊は、人体を容赦なく破壊したようだ。
散乱する人の残骸と赤い液体。
ボールのように無造作に転がる頭部は運良くこちらを向いていなかった。が、ポニーテールの後頭部は最近、よく似たものを見ていた気がした。
いや、似ているだけだ、きっと。
色の濃い、だぼだぼのパーカーも。
子供っぽい星型の髪飾りも。
――まだ、死んでないだけにゃ。
「うわあああああああああああああああ――!!」