『未観測Heroines #14』 小説/長編
#14
11月26日、土曜日。
午前11時45分。
綾ノ胡桃、列車との接触事故により、死亡。
◇
俺は逃げるように駅を後にした。
いや、言葉そのまま、逃げた。
現実から。
悪夢から。
どうやったら逃られるかもわからず、滅茶苦茶に走る。でたらめな呼吸。涙と鼻水で溺れそうになる。
気が付けば、古びた神社にたどり着いていた。どこをどう行ったのか。石の鳥居を通り抜けたような気はする。
ここは、見覚えがあった。
そう、確か、小さな頃に――
境内は誰かに管理されているという雰囲気ではなかった。草が伸びっぱなしだし、少し行くと現れる小さな木造の拝殿もボロボロだった。
拝殿の前、そこに、猫耳の天使――タマの姿があった。まるで、打ちひしがれた俺がここに辿り着くのを待っていたかのように。
俺は、風にはためくタマの純白の衣装に、泣きながら縋り付いた。
「あー!」
「落ち着くにゃ」
「あー! あー! あー!」
「ヒト語を話すにゃ、人間」
「……胡桃が! また、胡桃が、死んでしまった!」
「うん、だからそうなると、忠告したにゃ」
「11月23日を越えたから、助かったんじゃないのか!?」
「誰もそんなこと、言ってないにゃ」
「話が違う」
「だから言ってないにゃ」
「あー! あー! あー!」
「人間を捨てるな!」
「そんなこと言ったって、どうすればいいっていうんだ。軌跡を無駄にした。また胡桃を死なせてしまった。目の前で!」
バチンと。
頬が弾けた――タマに平手でひっぱたかられた。
「泣くな、五可……」
「……タマ?」
「泣くなよ……」
なぜか、タマのほうが泣きそうな顔で。
今度は両の手で俺の頬を包み込むように挟む。
「いいか、五可。よく聞け。確かに君は失敗した。ゲームオーバーにゃ。でも、このゲームはコンテニューできるにゃ」
「また、やり直せるのか?」
「何度でもやり直せるにゃ。私が何度でも過去へ連れて行ってあげるにゃ」
「でも、どうせ……胡桃はまた死んでしまう」
もう、胡桃が死ぬのを見たくない。
「そのとおりにゃ。何もしなければ綾ノ胡桃は死ぬことになる。何度でも繰り返す」
「そんな……」
そんなの、拷問だ。
「いいか、五可。逆を言えば、君が見た2つの死は必然だということにゃ。そこにはロジックがあるし、ルールがある。それを解読することで、君は綾ノ胡桃を救うことができる――これはそういうゲームにゃ。そして、このゲームに、回数制限はない。つまり、五可が諦めない限り、必勝にゃ」
絶望するには早いということか。ゲームだか何だかいうのは、正直まだよくわかっていないが、俺にはチャンスがあるらしい。
なら、やるしかない。
やらない選択肢は――ない。
「タマ、俺を助けてくれ。今すぐ俺を――殺してくれ」
前回と同じなら、時間を遡行するには、一度死ぬ必要があるはずだ。
「ここでいいのか? 屋外でだなんて大胆にゃ」
なぜか、品を作るタマ。尻尾がゆらゆらと揺れている。
「ああ、ここでいい。どうせ人に見られたって、それもリセットされるんだろう?」
「まあにゃ。では、遠慮なく行くぞ」
タマはつま先に立ちになり、俺の首に手を回す。そして、生ぬるい吐息が首にかかったと思った瞬間、激痛が走った。鋭い牙が、皮膚を突き破り首元に侵入し、肉を引き千切る。
「五可……」
千切れた血管から血が吹き出し、意識が遠くなる。
「五可……幸せになれ」
□11月22日(火)
「――ハァ、ア」
そして、俺は悪夢から目覚めた。
真っ先に時計を確認する。
11月22日、火曜日。午前7時。
もちろん、悪夢というのはものの例えで、あれが夢だったなんて、今更思わない。
また戻ってきた。
胡桃が死んだ後の世界から、胡桃がまだ生きている時間へ。
気が付けば、俺は胡桃の家へ向かっていた。また、殴られてもいい。胡桃の無事を確認せずにはいられなかった。
綾ノ家。
当たり前のように玄関を通過し、正面にある階段から2階へ。階段を登ってすぐの右側にある部屋。ドアを開けるとそこには。ベッドですやすやと寝息を立てる胡桃の姿があった。
俺は性懲りもなく、ずかずかと部屋に踏み入り、寝ている胡桃を抱きしめた。向こうからすれば、まったく状況がわからないだろうが、それでも、そうせずにはいられないほど、どうやら俺は感情的な人間だったらしい。
さすがに胡桃は目を覚ます。
寝起きが良かろうと悪かろうと、そこは関係なく、これで目を覚まさなかったら、女として、以前に生物として危機感がなさすぎる。
また、殴られるかと思い俺は体を強張らせたが、
「い、五可? だよね。どうして私にくっついてるのかな?」
と、目を覚ました胡桃はしおらしく言った。そして、あまつさえ、俺の背中に手を回してきたりしている。
「胡桃?」
「これは、新しい起こし方なのかな。うん、確かに、ばっちり目は覚めるけど……さすがに恥ずかしいよ、五可……」