がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #8』 /長編



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 ♯8

 

「んん? まだいたのか、五可。どうつもりなのか知らないが、早く出てってくれ。まさかとは思うが、僕の寝姿だけじゃ飽き足らず、着替えまで鑑賞していくつもりでなないだろうね」

 とかなんとか言われて、胡桃に部屋を追い出される。

 饒舌な割に、平坦で冷淡なニュアンスも兼ね備えた口調が独特だった――俺の知ってる胡桃は、あんな喋り方をしない。

 ふわふわとしてて、危なっかしくて。

 小動物みたいに無害で。

 表情がコロコロ変わって。

 あんな表情一つ変えずに、皮肉を言うタイプでは決してない。

 なかった。

 それでも――

「生きてる……」

 それこそが重要だった。

 それは、夢にまで見た光景。

 漫画みたいに蘇ったら。

 奇跡みたいに生き返ったら。

 それこそ毎日頭から離れない妄想だった。

 妄想のはずだった。

「おい、てめえ、伊津んちの五可か? 何勝手にあがってきてんだ? ああ?」

 階段から睨みをきかせながら上がってきたのは、おっさん――胡桃の父だった。

「そんなの、いつもの――いや」

 言葉を引っ込める。先程の件もあるので慎重に言葉を選ぶべきだろう。

「ああ、ちょっと、胡桃を起こしにきたんだ」

「ああん? 誰がそんなこと頼んだんだよ」

 相変わらずいい歳してガラの悪い男だった。

「父さーん。そいつ僕の寝込みを襲おうとしたんだー」

 胡桃の部屋の中から声だけ届く。扉越しのくぐもった音で、そんな不穏当な説明がなされた。

「何ぃ!? てめえ、なに朝っぱらから、人の娘に手え出そうとしてんだよ!」

「おい、人聞きの悪いこと言うなよ」

 そう扉に返すと、すかさず反論が来る。

「いきなり抱きついてきたじゃないか」

 うん、確かにそれだけ聞くと、ちょっと立場が悪い。

「いや、それは――」

 だからといって、『いやいや、死んだはずの幼馴染が生き返ったので感極まって抱きついてしまった』、なんて言い訳をしても、さらに立場は悪くなるだろう。

 おっさんは、

「ちょっと面かせ」

 と、それこそチンピラみたいな台詞を、少しだけ声のトーンを落として言った。

 

「お前らもう高校生だろ」

 てっきり『表出ろ』的なことだと思い、ビクビクしながら玄関で靴を履いていたところ、おっさんは、そう話を切り出した。そのまま、立ち話となる。

「ああ、そうだけど?」

「だったら、わかるだろ。子供じゃないんだ。こういうのは、冗談にならない」

「――わかってるよ」

 本当は何もわかっていなかった。これがどういう状況なのか。すごく混乱していた。

「お前、あいつのことが好きなのか?」

「……まあ、一応」

「ふーん。お前らちびだった頃はよく一緒に遊んでたが、最近はそんなに仲良いふうには見えなかったけどな。いや、別に仲がいいから、色恋に発展するとは限らないか。じゃあ、片思いか、そーか、切ねえなー」

「そんなんじゃ――」

 なかったはずなんだけどなあ。胡桃のさっきの態度を見ると……。

 くそう。さっきからずっと、歯切れが悪い。

「別に娘に近寄るなーとか、堅いこと言わねえよ? でも、やるなら、正々堂々とやれ。寝込みとか襲わずにな。次やったらお前の親父に言いつけるぞ」

 それは困る。あれで結構怒ると怖いんだ。

「何なら応援してもいい。あいついい年して男っ気ないからな。男っ気っつうか女っ気すらない、ロンリーなクールビューティって感じだが。いや、父親としては、安心だが、同時に心配でもあるよな」

「わかった、俺に任せろ」

「強気じゃねえか」

「赤飯作って待っててな」

「言うようになったじゃねえか」

「何だ、まだいたのか、五可」

 と、制服に着替えた胡桃が階段を降りてくる。

 何だかいつもとシルエットが違った。

 指定のスカートはいつものとおりだが、シャツの上にパーカーを羽織っているが珍しい。

 しかしそんなことより髪型!

 ポニーテール!

 見慣れない姿だったが、うん、これはこれですごくいい。

 最近、ポニーテール禁止というのがブラック校則扱いされてると聞くが、男子生徒が興奮するというのは、あながち間違いじゃないと思っている。

 あと、ついでにもう一つ。

 頭の横の方に着けている、星型の飾りが付いた髪留め。

 そのある意味子供っぽいともいえるデザインは、子供の頃、見たことある気がした。