がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #7』 /長編

 

♯7

 

■11月22日(火)

 

「馬鹿な……」

 記憶は、部屋に突然現れた名前も知らない猫耳少女に首元を噛みつかれたところから、直接つながっている。

 その記憶では、日付は11月26日だった。今がその翌日の朝だとしても11月27日。まさか、一年近くも寝ていたわけではあるまい。

 時計が狂っているのか? しかし、スマホやテレビで日付を確認しても結果は同じ――今日は2022年の11月22日火曜日らしい。

 それは、胡桃が死んだ日の前日にあたる。

 全部夢だったのか?

 胡桃と電車に乗って街に出掛けたのも。

 その帰りに胡桃が交通事故に遭って死んだのも。

 そして。

 胡桃と恋人同士になったことも。

 そういうことになる。今が朝なら、胡桃に呼び出され告白されて付き合うことになったのは『今日』の夜のことだ。

 つまり、この時間以降の記憶は、夢であるという、一見妥当な仮説が思い浮かぶ。

 縋りそうになる。

 わかってる。そして、それは、甘い願望だ。

 夢だと思いたいが、アレは現実だ。残念ながら、夢と現実の区別くらいはつく。

 胡桃と恋人になったことも。

 胡桃が死んだことも。

 現実だった。

 じゃあ、何か? 4日ほど時間が巻き戻ったとでもいうのか。先程の説以上にありえなさそうだった。

 しかし、状況から今日は11月22日らしい。

 それなら――

 窓の外を見る。

 隣の家――綾ノ家の窓。その部屋で寝ているかもしれないんだ。事故で、死ぬ前の幼馴染が。

 気が付いたら、寝間着から制服に着替えて玄関を飛び出していた。

 綾ノ家。

 いつものように、我が家のように自然に玄関を通過し、正面にある階段から2階に登る。

 また、絶望するだけかもしれない。

 だって見ただろう。

 焼かれて、カラカラの骨になった胡桃の姿を。

 胡桃の残骸を。

 だから、期待するな。

 それでも。

 もしかしたらきっと。

 階段を登りすぐに、右側にある部屋。ドアを開けるとそこには。



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 ベッドですやすやと寝息を立てる胡桃の姿があった。

 人の気配を感じたからか、絶望的に寝起きの悪い胡桃は、今日は珍しくすんなりと目を覚ました。

「胡桃……?」

「え? 五可?」

 気が付けば俺は胡桃に抱きついていた。

「胡桃、良かった」

「ちょっ」

 次の瞬間。視界に火花が散った。一瞬遅れて、激痛が走る。

「――ッ!」

 俺を振りほどいた胡桃に、顔面を殴られたようだ。グーで。

「いや五可。さすがにこれは良くないだろう。うん、普通に考えて、まずいだろう、これは」

 顔面を抑えて片膝を付く俺を見下す胡桃。その目には若干の蔑みが含まれているような気がした。

「悪かった。でも殴ることないじゃないか」

「何を言っている? むしろ、それくらいで済めば御の字だ。女子の部屋に勝手に入ってきて、あまつさえ、寝起きにいきなり抱きついてくるなんて。この場で警察を呼んでもいいんだぞ」

 スマホをかざす胡桃。

「まあ、いきなり抱きついたのは悪かったけど、俺がお前を起こしにくるのはいつものことじゃないか」

「寝ぼけてるのか? 五可。いや、うん。僕も、寝起きであるという事実を考慮しても、おかしいのは君のほうだと思うぞ。僕が君をこの部屋に招き入れたたことが、一度でもあったか? もちろん子供の頃を除いてだが」

「? お前こそ何を言って――待て。お前、胡桃か?」

 先程から感じている違和感は、どうやら間違いではなさそうだ。

 喋り方――例えば、話すスピードであったり、言葉のチョイスであったり――も違うし、話も噛み合わない。

 不思議な感覚だった。見た目は胡桃なのに、中身が別人に入れ替わった、或いは、別人が、胡桃の皮を被ったような、倒錯しそうな不思議な感覚。この感覚を最近どこかで――

「まったく相変わらず阿呆だな君は」

 見下すような冷たい目で。

 饒舌な割にロボットのように平坦な口調で。

 胡桃と同じ外見のダレカは言った。

「この僕が綾ノ胡桃以外の何に見えるって言うんだ?」