がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #4』 /長編

 

 ♯4


「そんなことは当たり前だよ。相変わらず五可は阿呆だな」

 夢。

 夢を見ていた。

 子供の頃の、夢。

 或いは、記憶。

 5歳かそこらとは思えない口調のダレカは、確かに子供の頃の胡桃と同じ顔をしていた。

「僕とあの子は一心同体、コインの裏と表のようなものだ。あの子が死んだら僕も死ぬ。当たり前じゃないか、そんなこと」

 さらりと怖いことを言う。

 俺はこの『もう一人の胡桃』のことを知っている。会話をしたのも一度や二度じゃないはずだ。

 でも、この子が何者なのか、どうしても思い出せない。記憶の引き出しに、鍵がかけられているようだった。

 いや、壊れた鍵だろうか。こうして開いた隙間から記憶のカケラが漏れ出ているのだから。

「だから、あの子がピンチのときには、何としてでも助けるよ。みんなと同じように、僕もやっぱり死にたくはないからね」

 嘘つき。

 助けるといった彼女は現れることなく、胡桃は車にはねられて死んでしまった。

 

□11月26日(土)

 

 ベッドから起き上がると、俺はいつものように、時計に目をやった。

 今日は、綾ノ胡桃の葬儀が執り行われる日だ。

 あの事故から3日目。この間、僕はただ、部屋で呆然と過ごしていた。

 学校には行っていない。

 学校に行って授業を受ける?

 将来のために?

 冗談じゃない。

 胡桃のいない将来に、意味なんてないのに。

 葬儀とか告別式とか、細かい言葉の違いはよくわかっていないが、要するに故人との別れの儀式だろう。

 別れ。

 そんなもの受け入れられるはずがない。まだ、あいつが死んでしまったことすら実感が持ててないっていうのに。

 しかし、そんな俺の都合とは関係なく、時間は否応なく流れていく。ふわふわと、まるで、夢の中のように現実感がない中でスケジュールは消化されていき、ふと気付いたときには胡桃は乾いた骨になっていた。

 ロールプレイングゲームじゃあるまいし、肉体が残っていれば、魔法で生き返ることができるなんて、まさか本気で思っているわけじゃないけれど。

 でも、骨になった胡桃を見てようやく、もう胡桃とは言えない物体になったのを見てようやく、俺は胡桃が死んだことを実感した。

 おっさん――いや、胡桃の父、綾ノ武志の姿を見るのは、水曜日に病院で会って以来となるが、今日は一日中顔を合わすことはなかった。いや、顔を合わさないようにしていた。流石に目くらいは合ったが、俺は目を逸らしたし、それは向こうも同じだった。

 親父の言ったとおりだ。

 昨日だったか一昨日だったか、娘を亡くした父親に、謝ろうとしたんだ。だって、俺と一緒にいたのに、俺が守ってやれなかったから――俺が手を離してしまったから、あいつは死んでしまったのだから。親父はそれを聞いて、眉間にシワを寄せた。

「謝るって、何のためにそんなことをするんだ?」

「何のため?」

「謝られたとして、あいつにとって、なんの気休めになるんだ?」

「謝っても、胡桃が戻ってくるわけじゃないって、謝って済む問題じゃないってわかっている。それでも俺は――」

「いや、父さんが言ってるのは、そういうことじゃない。五可が謝りたいと思うのは、相手のためではなく、自分のためだろうってことだ」

「自分のため?」

「自分の抱えている負い目のようなものを、他人にぶつけて、言ってしまえば楽になりたいだけだ。しかも、一番つらい思いをしている人間に対して」

「……」

 ハンマーで後頭部を殴られた気分だった。

 図星だった。俺は、自分の抱えているものを言ってスッキリしたいだけだった。

 そして、許してほしかったんだ。『気にすんな』みたいな優しい言葉をかけられることを期待していたんだ。まったく、なんて自分勝手。

「いいか、五可もつらいだろうがな、一番つらいのはあいつだ――あいつがどんな気持ちで胡桃ちゃんを育ててきたのか、わかるか? 娘が大人になるのを夢見て、一人前になるのを夢見て、これまで、ひとりで頑張ってきたんだ」

 いい大人が『あいつ』と呼ぶほど、2人は親しい間柄だった。そんな親父だから余計に腹立たしかったのだろう。俺は、自分が子供であることを痛感して、恥ずかしくて逃げ出したくなった。

「もう、あいつと五可が話をすることに意味はないと思う。五可にとっては気安く接することができる大人だったんだろうが、やはり同年代の友達とは違う。あいつが五可と対等に話していたのは、対等に話させていたのは、五可が胡桃ちゃんの友達だったからだ。だから、胡桃ちゃんの事故に負い目があるのなら、それを抱えて生きていくことくらいしか、五可にできることはない」

 無理だよ親父。

 そんなもの、抱えきれない。

 

 ◇

 

 火葬場から家に帰りつく。

 俺一人だ。両親はいない。隣の家のこととはいえ、大人にはいろいろとあるらしい。子供の俺にはわからない。

 家につくなり俺は、ビニール紐を探し出した。母さんがダンボールとかを捨てるときに縛るためのやつがあるはずだ。

 台所周辺にあたりを付け捜索するが、中々、見つからない。

 早く欲しいのに。あれがあれば、あれがあれば――あった。

 しかもロープ状になっている頑丈なものだ。ついてる。

 自室でロープを加工する。

 適当な長さに切り出し、輪っかを作る。

 はやる気持ちを抑えて慎重に固く結ぶ。途中で解けてしまったら目も当てられない。

 完成した輪っかをドアノブに引っ掛ける。垂れ下がる輪っかとドアの間に入り込み、そのまま頭を輪っかに通す。

 首にロープが馴染む。うん、いい感じだ。

 よかった。こうやったら○ねるって、何かで読んだんだ。

 もう、いっときもここにいたくない。

 この世界にいたくない。

 あとは、足の力を抜いて、重力に身を任せるだけだ。

 さよなら胡桃。

 さよなら人生。

「ちょっと待ったー!!」

 衝撃があって。

 気がつけば俺は地面に蹲り、咳き込んでいた。どうやったのかロープは闖入者によって切断されたようだ。

 見上げるとそこには、女の子がいた――女の子だよな? なんと言うか、どことなく獣っぽいと言うか……。

 女の子の頭からは毛に覆われた大きな耳が生えていたし、おしりからは同様にふさふさの尻尾が生えていた。