がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『太陽と冬の少女 #9』(最終話) /小説/短編/ファンタジー

 

 #9

 

 頬を突つかれる感触で意識が覚醒した。

目を開け、焦点が合った先に、少女がいた。

「フブ……キ?」

 ではなかった。左右横に結んだ髪が特徴的な女の子。歳は中学生か高校生か微妙なラインだ。僕は体を起こした。

 僕、どうしたんだっけ。いつの間にか、公園のベンチの上で眠っていたようだけど。辺りは暗い――今何時頃だろうか。

「お兄さん、こんなとこで寝てたら凍死しちゃうよ」

 深く巻いたマフラーの上から白い息が広がる。確かに。顔に触れる空気は、針で刺されているのかと思うくらい、冷たかった。

「ありがとう。君は命の恩人だ」

 本当に。冗談にもなりゃしない。

「いいよ。近所で『謎の凍死体』なんてニュースが出たら夢見が悪いから』

「謎とかないけどな。単に間抜けなだけだよ」

 間抜けな凍死体。

「フブキって、お兄さんの彼女?」

「友達だよ。大切な……」

「そ……」

 特に興味があったわけでもなかったのだろう。彼女は特に話を広げるわけでもなく、側に停めてあった自転車にまたがった。

「君も、その、気を付けて」

「?」

「辺り暗いから」

 夜の公園に女の子ひとりというのは少し心配してしまう。送ってあげようなんて気の利いたことは言えないのが僕だけれど。彼女、自転車だしな。

「ああ、うん。ありがとう、お兄さん。心配してくれて。ここ近道なんだ。それじゃ」

「待って」

 ペダルに体重をかける少女を引き止める。彼女は不思議そうな顔をした。

「どうしたの? しつこいお兄さん」

「本来心の中だけで思うべきことが声に出てる」

 しつこいと言いながらも、少女は、僕が要件を切り出すのを待ってくれている。

 とはいえ、僕自身なぜ、彼女を引き止めたのか、定かではなかった。

「奇跡って、あると思う?」

 ふと思い浮かんだ言葉をそのまま言う。

「奇跡? もしかして君と会えたのは奇跡だみたいな? ナンパですか? 私の好みじゃないお兄さん」

「まあ、うん、ごめん。自分でも何言ってるのかわからない」

「あるよ」

「え?」

「奇跡はあるよ」

 そう言い残して、少女は、颯爽と雪の公園を去っていった。

 

 そして、僕の冒険は終った。

 30歳、初めての冒険。そう言うと、何だか間抜けだけれど。

 帰りは、同じ道程を自転車で辿るなんてことはもちろんなく、普通に電車を利用した。何しろ3週間かけて、気候が変わるくらい移動したのだ。旅の相棒、すっかり愛車となったロードバイクは宅配便で家に送った。

 家に戻った僕は、冒険を経て成長したかというと、以前とそんなに変わりのない日々を送っていた。相変わらずゴロゴロしながらゲームばかりする毎日だった。

 まあ、変わったことと言えば近くのコンビニでアルバイトを始めたことくらいだ。あの3週間の過酷さと比べればたいしたことではない。

 いや、つい格好つけた言い回しをしてしまったが、大きな変化だった。何しろ十年以上引きこもりをやっていたのだ。人生初となる労働は、やっぱり大変だった。

 何しろ、これまでの人生、中学あたりから、なるべく人と接っしてこなかった人間だ。人とコミュニケーションをとること自体が、難儀だった。

 それでも何とか続けた。家にいる内は生活に金はかからなかったので、アルバイト代は全額貯金した。

 金を貯めて。

 そして一年後、あの街に戻ってきた。

 長い旅の先にたどり着いたあの街に。

 

 借りたのは、1人が生活するのにやっとなくらい狭いアパートだ。フリーターの身なのだから、狭くてボロいのは当たり前。そして厳密に言うと、今はフリーターですらない。勤め先はこれから探すことになる。

 なに、部屋は狭いが、寝起きができてテレビが置ければ問題ない。

 荷ほどきを終えて、一息つこうと、冷蔵庫を開けた。冷やしておいた炭酸飲料の缶を取り出し、続けて下段の冷凍室を確認する。そこに箱がある。箱を開けると小さな雪だるまが鎮座していた。実家の冷凍庫にずっと箱に入れたまま、十年以上も保管していたものだ。

 引っ越しの準備をしていたとき、たまたま実家に来ていた妹との会話を思い出す。

「それ持っていくの?」

「うん」

「邪魔だったんだよね、それ。まあ、今さら私には関係ないことだけれど」

「ずっと昔、友達に貰ったものなんだ」

「ああ、あの、たまに来ていた女の子?」

「――うん」

 


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 ◇

 

 外は肺が凍るほどの寒さだ。今晩は雪が積もるらしい。

 コンコンコン――と、ノックする音が聞こえた。

 玄関からではない。

 それはガラスを叩く音。

 ゲームでもしようか。それとも雪遊び?

 僕は胸を高鳴らせて、窓を開けた。

 

 

 終