がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『太陽と冬の少女 #8』 /小説/短編/ファンタジー

 

 #8

 

「フブ……キ?」

 慌てて立ち上がる。地面に沈み込みそうなくらい重かった体は嘘のように軽くなっていた。

「フブキ……なのか?」

 思わずそんな間抜けなことを聞いてしまう。彼女に会うためにここまで頑張ってきたのに、いざ目の前に求めていたものが現れると、目を疑わずにはいられなかった。

 少女はコクリと頷いた。

「そーだよ。友達の顔を忘れちゃったの?」

「まさか、忘れたことなんてないよ。ずっと……」

 言葉が詰まる。

 ずっと――君を探していた。

「久しぶりだね。太陽君」

「フブキ、会いたかった」

 感極まってフブキを抱きしめる。

「あ――」

「会いたかった」

「太陽君。頑張ったんだね。ちゃんと外に出られたじゃん。しかも、こんな遠いところまで」

「うん。頑張って――自転車漕いできたよ」

「え? 自転車?」ばっと体を離す。「電車とかじゃくて?」

「うん」

「家から?」

「うん……まあ……」
 そう、聞かれると、照れる。自分でも不思議になるくらいに無茶な話だった。まあ、本気だったとは言わないけれど、ちょっとだけ死んでもいいという気持ちもあったから。

「引きこもりの太陽君が? 自転車を漕いで? ククッ――」あはははは、と堪えきれずに笑い出すフブキ。「思い切りすぎよ」

「な――そんな笑うことかよ」

 と言いながら、僕もだんだんおかしくなってきた。だって、引きこもりが友達を探して自転車で旅だなんて。もし、この筋書きを書いた人がいたのなら、それは、ギャグのつもりで書いたのかもしれない。

「ハハ――」

 二人で笑い合う。

 本当――いつぶりに笑っただろう。

 そして、ひとしきり笑ったあと、

「ねえ、太陽君。ちょっと目をつむってて」

 フブキがそんなことを言った。

「え?」

「いいから」

「ん、ああ」

 言われるとおりにする。まさか接吻をしようというわけでもあるまい。

「エイ!」

 雪の玉が顔面を直撃した。

「あはははは」

「何てことするんだ」

「雪合戦しようよ、雪合戦」

「雪合戦……か……」

 それは、フブキが過去何度も提案し、僕がひたすら拒み続けたため実現しなかったことだ。

「一緒に遊ぼうよ。太陽君」

「そうだな、やろうか」

 雪合戦。

 チーム戦なら戦術的な要素もあるだろうが、二人だと単に、丸めた雪を、投げて、当て合うだけだ。

 

 
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 投げて。

 よけて。

 当てて。

 当てられて。

 隠れて。

 走って。

 笑って――

「あははは」

「さすがに石を入れるのは禁止だろ。俺もお返しだ」

「女の子に石を当てるの? サイテーだね!」

「紳士の僕はそんなことはしないさ。何が入ってるのかは、当たってからのお楽しみだ」

「なになに? 逆に怖いよお」

「犬の○○○じゃないことを祈るんだな」

 大の大人と少女がはしゃぐ姿がそこにあった。いや、年齢など関係ない。僕らはこのとき、ただの子供だった。

 これが、あの頃フブキが望んでいたこと。僕のために望んでいてくれたことだった。

「ね、外で遊ぶの楽しいでしょ」

「うん」

 

 日はすっかり落ちていたが、街灯がついていたので、意外と周りの様子がわかるくらいには光量があった。

「楽しかったねー」

 余韻に浸るようにぴょんぴょんと跳ねるフブキ。対して僕は、さすがに疲労困ぱいだった。

「ああ。楽しかった」

「これで、私は役目は果たしたかな?」

「役目?」

 何だか寂しさを感じる言葉が気になり、聞き返した。

「だって太陽君、外に出れた」

「うん、フブキのおかげたよ」

「そ、だから役目を果たした。もっとも私は引きこもりっていうのも、そんなに悪いとは思わないけどね」

「ここに来て立場をひっくり返すなよ」

「私が、ずっと外に出ようよって言ってきたのは、君がそれを望んでいたからだよ」

 と、見透かすようなことを言う。自分でだって気づいていない本音を。

「君は……」

 それ以上は言ってはいけない気がした。言ったら夢が覚めるような、そんな気がした。

「だから、こんなところまで来ることができた。自転車に乗って……ククッ」

 再びおかしさがこみ上げてきたようで、笑いを堪える。

「だからそんな、笑うなって」

 恥ずかしくなってくるじゃないか。もしかしたら僕はいい歳をして、黒歴史級に青臭いことを実行したのではないだろうか。

「でもさ、役目は終わったなんて、もうこれで終わりみたいなこと言うなよ」

 フブキは黙った。

 黙って、微笑んだ。

「今日の出来事は、きっと奇跡のようなものだったんだよ。頑張った太陽君に神様がプレゼントしてくれたんだ、きっと。」

「そんな――寂しいこと言うなよ」

「君はきっと素敵な大人になれるよ」

「そんなこと――」

 なぜだか、泣きそうになった。
「ね、太陽君、目、つむって」

「フブキ……」

「早く」

 言われたとおりにする。

 唇に柔らかいものが触れた。

 ――バイバイ、太陽君。

 息遣いがそう言っているように感じた。

 目を開けると、そこにフブキの姿はなかった。地面に落ちた最初の雪のように、消えてなくなった。

 

 

 ※次回最終回