『素晴らしき人生をあなたに #3』 /なんちゃってSF
#3
「仮想……世界?」
場違いとも思える言葉に聞こえ、一郎はオウム返しをした。
「そうです」
「何ですか? それは」
「コンピューター内に作られた、現実そっくりな世界のことです」
「よくわからないのですが、ゲームのようなものですか?」
「間違ってはいません。しかし、現実世界と変わらないほど精巧に作られてます。少なくとも人間の認知能力では違いがわからないでしょう」
「その精巧に作られた世界の中で人生をやり直すというのですか……」
「はい。そうなります」
一郎は少しだけがっかりした。何だかんだ言っても、人生をやり直すという甘い言葉に、心のどこかで期待をしていた。
「確かに、ゲームの中でもうまくいけば、その時はいい気分になれるかもしれませんが……」
「我々の開発したシステムは、おそらく今 あなたがイメージしているものとは違います。ある意味ではゲームのようではありますが、テレビの画面を視ながらプレイするわけでもないし、コントローラーを持ってアバターを操作するわけでもありません。あなた自身がその仮想世界の中に入り込み、プレイヤーとして行動するのです」
「入り込む? よくわからないのですが」
「体感的には、現実に生活するのと何ら変わりありません。言うならば、緻密な夢の中にいるようなものです。実際にはあり得ませんが、例えば仮想世界で記憶喪失になって、これまでの経緯を忘れてしまえば、自分が仮想世界の中にいることに気付けないでしょう」
「にわかには信じがたいですが、でも、いくら本物そっくりな世界でも所詮は偽物。結局は、このみすぼらしい現実に戻ってくるわけでしょう。そうしたらまた……」
「戻りません」
「今なんて?」
「一度、仮想世界に入ったあとは、もう現実世界には戻りません。仮想世界の中で、一生を過ごすんです。そうじゃなきゃ人生をやり直したことにはならないじゃないですか」
「いや、でも、偽物の世界でしょ」
「それは捉え方の問題です。世界を作ったのが神様かコンピューターかの違いです。あなたがその世界を本物だと思ってしまえば、少なくともあなたにとっては本物です」
「でも、仮想って言ってるじゃないですか」
「仮想世界という言葉のほうが通りがよいので、そう言っているのですが、確かに、言い方は考えたほうがよいかもしれませんね」
コンピューターの中で一生を過ごすなんて、正気だろうか。一郎は思った。しかし、小嶋が嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
「具体的には、どうするんですか?」
「竹林さんの脳みそをまるまるトレースし電子データに変換します。そしてそれをシステムを構築しているコンピューターに移植します」
「そうすると、俺は仮想世界の中に入れるんですか?」
「そうです」
一郎は違和感を感じた。
「ちゃんと自分は保てるのでしょうか。データというと、なんだか機械的なものになってしまうのではないかと感じるのですが」
「心配される気持ちはよくわかります。でも、記憶とはニューロンのネットワークのことだし、脳の働きは神経回路をかけめぐる電気信号のことです。それらを総称して、人格とか精神とか心とか言っているに過ぎません。だから、ちゃんと解析してデータに置き換えれば、竹林さんは自分を保ったまま、仮想世界の中に入れます」
一郎は考えた。なんとなくわかたったような気もするが、どうにも腑に落ちない。それをどう表現したらよいか迷ったが、そもそもちゃんと理解できているわけでもないので、思いついた言葉をそのまま言った。
「電子データに魂はやどるのですか?」
「魂? どういうことですか?」
「コンピューター上に自分というものを作れることはわかりました。でも、意識はどうやってそこに移動するのかなと」
一瞬、小嶋が眉を潜めたように一郎には見えた。しかし、小嶋はすぐに営業スマイルを浮かべ、話を続けた。
「竹林さんは幽霊とか信じる人なんですか?」
「まあ、いるかもとは思っていますが」
「え? いるんですか? どこに?」
「どこにいるのかはわかりませんが」
「見たことはあるんですか?」
「いいえ」
「じゃあ、いないんじゃないですか?」
「はあ」
「我々はシステムの開発にあたり、人間の脳の中を隅々まで調べましたが、そこに魂と呼ばれるようなものの存在ありませんでした。つまり、意識は魂にではなく、脳内のニューロンと電気信号の中にあるということです。だから、脳をまるまるトレースすることによって、システムの中で意識を持つことができます。これは、すでに実証されたことですよ」
さて、小嶋の話をどう判断したものだろう。
胡散臭い詐欺の一種かとも思えるし、千載一遇のチャンスのようにも思えた。
考える時間が欲しかったが、小嶋はそれを許さなかった。モニターとして参加できるのは1人だけで早い者勝ちだということだった。もちろん、無事サービスが開始されれば、有料でそれを受けることができるだろうが、一郎が料金を払える可能性は低かった。
ギャンブルのようなものだと思った。しかし、かけるものはクソみたいな人生だ。安いものだった。
一郎はその日のうちに、小嶋の提案を受けることを決めた