がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『素晴らしき人生をあなたに #2』 /なんちゃってSF

 

 

 #2

 

「はあ」

 こういう者ですと差し出された名刺を見ても、一郎は彼女がどういう人物なのか、まったく想像つかなかった。

「当社の開発した新しいサービスの案内に参りました。少しだけお邪魔させていただいて、説明をさせていただけないでしょうか」

「いや、それはちょっと」

 時間なら腐るほどあったが、率直に言って面倒だった。それにこんなゴミ部屋に、若い女性を招き入れることは躊躇われた。

「ぜひ、紹介だけでもさせて貰えないでしょうか。きっと竹林さんに気に入ってもらえると思います」

「いや、うちお金ないですし」

「お金は必要ありません。実は今回は、新しいサービスのモニターになっていただけないかというお願いですから」

 料金が発生しないことは何よりだが、一郎は別のことに違和感を感じていた。そして、その理由に思い至った。

「俺、名前言いましたっけ?」

 表札などは掲げていないし、郵便受けに名字を書くようなこともしていなかった。加えて先ほどの名刺。『人生再生』という文言は、今の自分にぴったりなものと思えた。

 だとすれば、この女は初めから一郎のことを認識していて、ここに来たということだ。一軒ずつ手当り次第というわけではなく、何かしらの方法で彼の情報を持っていて、決め打ちで彼に会いに来た。そう推測できる。

 一郎の問いには答えず、小嶋は笑みを浮かべた。気のせいかもしれないが一郎は笑顔の中に隠された悪意のようなものを感じた。或いは、その笑みが返答の代わりなのかもしれなかった。

「お話だけでも聞いてもらえませんか?」

 もし、初めから自分をターゲットにして来たのなら簡単には諦めないかもしれない。しつこくインターホンを鳴らす様子を思い出す。

 追い返すにしても、説明を受けた上できちんと論理立てて断ったほうがよいかもしれない。一郎はそう考え、しぶしぶ小嶋を家の中に入れた。

 

 小嶋は、部屋の様子を見て、顔をしかめたが、すぐに営業スマイルに戻した。

 一郎はその一瞬の変化を見逃さなかったが、特に文句を言う筋合いはなかった。むしろ、正当な反応だと言えた。

 彼女は畳の上の空いたスペースに腰を落ち着けると、一枚のチラシを渡してきた。

「こちらです」

 チラシには大きく『あなたの人生やり直しませんか?』と丸っこい字体で書かれていた。さらにイラスト付きで、デフォルメされた男がひざまずいて頭を抱えていた。

 加えて名刺に書かれていた『人生再生アドバイザー』という小嶋の肩書き。一郎は何だか馬鹿にされているような気分になった。

「あなたは、俺が人生を失敗してるっていうんですか!?」

 怒気を込めた問いに対して、小嶋はにこにこした笑顔を崩さなかった。

「違うんですか?」

 ――と。

 そう、正面から言われれば、一郎はどう返していいかわからない。

「今は、たまたまフリーターでこんな生活をしていますが、いずれ……」

「いずれっていつですか? いずれどうするんですか?」

 詰める小嶋。答えが思い付かない。

「あなたに俺の何がわかるっていうんですか!?」

「ある程度は、わかりますよ」

 にこにこと。

 いや、ニヤニヤと。

 小嶋は余裕の笑みを浮かべる。

 少しだけ、一郎の怒りも静まる。

「そう言えば、あなたは初めから俺の名前を知っていましたね」

「はい。新しいサービスのモニターの候補を選出するために、調査を行いましたから」

「調査ってどうやって?」

「それは企業秘密です」

 小嶋は人差し指を唇に当てた。

 一郎はきな臭さを感じた。

「じゃあ、その調査とやらで、俺が選ばれたわけですね」

「はい。もっとも、候補者は複数人いて、今、一人ずつ営業をかけているところですが」

「つまり俺はそのうちの一人というわけですね。それで、いったいどうするんですか。そんなに簡単に人生なんてやり直せるはずがない。出ていった妻と娘を連れてきてくれるんですか?」

「はあ? そんなことできるわけないじゃないですか。奥さん、とっくに再婚してるんですから」

「えっ、そうなんですか?」

「知らなかったんですか?」

「今は……音信不通なので。でも、そんなことまで調べられるんですね」

 一郎は少し怖くなった。

「まあ、一応」

「娘は――咲はどうしてるんですか?」

「立派に成長されましたよ。この度結婚されるそうです」

「そうか、もうそんな歳なのか。あの頃は、あんなに小さかったのに」

 一郎の目に涙が溢れた。娘の結婚を喜んでいるわけではない。元妻と娘が、自分の知らないところで、確かに人生を歩んでいて、自分がとうに完全な部外者になっていたということを、思い知らされたからだ。

「元奥さん、いえ、葉子さんは再婚し、相手の男性と娘さんと幸せな家庭を築きました。彼らの人生とあなたの人生は、もう全く関わりがありません。まさか、二十年近くも前に終わった相手と今更どうにかなると思ってたんですか?」

「じゃあ、どうするって言うんですか。五十を過ぎて、今更いちからやり直すなんてできっこない」

 一郎はひざまづいて、頭を抱えた。その姿はチラシのイラストのままだった。肩に児嶋の手が添えられる。小嶋は言った。

「できますよ。あなたはコンピューター内に作られた仮想世界の中で人生をやり直すんです」