がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『がらくた #10』

 


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 #10

 

「ねえ、聞いてレオ」

 ロゼッタは、家に着くなり僕に話しかけた。

 僕はテーブルの上に置かれていた。今の僕は頭部だけなので場所は取らない。ロゼッタは向かい合って椅子に座り、肘をテーブルにつく。それは、お喋り(といっても、ロゼッタが一方的に話すのだが)をするときの僕達の定位置だった。

「今日、帰りに広場で『ガラクタ市』という催しが開かれていたの。なんとはなしに寄ってみたのだけれど――見て、これ」

 ロゼッタはそう言って僕の前に、つまりテーブルの上に、どんとそれを置いた。

 何かのパーツだろうか。金属製の――まあ、ガラクタとしか言いようがない。

 『ガラクタ市』とはつまり、こういうものを持ち寄るフリーマーケットのようなものなのだろう。

 このような何の用途もないように見えるガラクタでも、大勢の人から見れば何ら価値のないガラクタでも、ある誰かから見れば宝物かもしれないから。

「ね」

 ロゼッタは得意げに笑うが、まったくピンとこなかった。

「レオの二の腕とそっくりだよね」

 かつて、僕には体があった。ロゼッタの母親に斧で首から切断される前の話だ。

 その、かつてあった体の一部に似ているということだが――ふむ、言われてみれば、そんな気がしないでもない。

「ずっと、心にひっかかっていたの。あの日、ゴミ山に置いてきたあなたの体のことを。あのときはどうしようもなかった。全てを持って旅に出ることはできなかったもの」

 正直な話、当の僕からすれば、わりとどうでもいい話だった。体は魂の依代にすぎない。『僕』はここにいるのだから、体の形状など大した問題ではない。

「お店の人に聞いてみたら、ガラクタ市は月に1回開かれているらしいの。だから決めた。私はあなたの体を元通りにするわ。何年かかっても。大丈夫よ。私は、レオの元の姿なら隅々まで覚えているもの」

 ロゼッタがそうしたいならいいだろう。気持ちは嬉しい。それに、人生には目標が必要だ。大仰なことでなくとも、だ。

 新しい街での新しい生活は順調だった。

 仕事も順調らしかった。給金は多くはなかったが、つつましく暮らしていくには十分だった。何しろ僕自身に生活費はかからないのだから。家賃を払い、もろもろの生活費を差し引いて余りが出るくらいには余裕があった。

 そして、その余りから少しずつ僕のためのパーツを買い揃えていった。ガラクタ市は月に1回の頻度で、目的のものが見つかることもあれば見つからないこともあった。だから、僕の体の復元には、相当な時間がかかることが予想された。

 でも、焦る必要はない。ゆっくりでいい。時間がかかることも悪いことばかりではない。急を要する案件というわけでもない。

 それでも、数年経つと僕の体は少しづつ元の姿を取り戻していった。

 いつの頃からか部屋にはロッキングチェアが置かれていた。そして、体を取り戻しつつある僕はその上に座らせられた。

 幸せな日々は続いた。

 何もないけれど、全てがある日常。

 ロゼッタといられる。ただ、それだけの幸福。

 こんな時がかつてもあった。

 僕が、ごみ捨て山でロゼッタに拾われて間もない頃だ。

 ロゼッタがまだ幼かった頃。

 まだ、彼女が子供でいられた頃。

 穏やかで。

 自由で。

 暖かくて。

 二人だけの。

 僕らは幸せを見つけた。

 この街に来て数年。

 本当に幸せだった。

 本当に。

 そう。

 悪いことと言えば、ロゼッタが冬になる度に熱を出すようになったことくらいだ。

 

 ◇

 

 それは、気候の変化によるものか。

 風土が合わないのか。

 或いは長旅による体へのダメージがあるのか。

 わからないが。

 雪が街を覆う季節になると、ロゼッタは頻繁に熱を出すようになった。

 思えば、彼女が幼かった頃は、よく熱を出していたような気もする。いろいろと理由らしきものを並べてみたが、それは、もともとの彼女の体質だったのかもしれない。たまたま、今まで表層に出ていなかっただけで。

 体調を崩しても、ロゼッタは弱さを見せようとしなかった。

 エマのパン屋への出勤は欠かさなかったし、仕事もちゃんとこなしていたようだった。体調が悪いことも、できるだけエマには隠していたようだった。

「この家は私とレオの居場所だもの。私が守らなくちゃ」

 胸の辺りが、ロゼッタが出す声で振動する。

 僕は、未完成だとはいえ、概ね人の形にはなっていた。ロッキングチェアに座る僕に抱きつく格好で、ロゼッタは僕に話しかける。それが、最近のお喋りの定位置だ。

「だから、私頑張るね。せっかく手に入れた幸せだもの。ママを殺してまで手に入れた幸せだもの」

 母親の件は、いつまでも杭のように心に刺さったままだ。

 だからなおのこと甘えられない。

 小さな頃はママが看病してくれたけれど。

 今は自分で乗り越えるしかないから。

 僕は何もしてあげられないから。

 そばにいることしかできないから。

 今まで、何度も思ったことだ。

 こんなとき、無力である自分が悔しい。

 怒りで。

 悔しさで。

 激情で。

 不思議な力で。

 この体が動き彼女を抱きしめることができればと切に思うが、実際は指の一本さえ動くことはない。

 

 ◇

 

 ある冬。

 ロゼッタの熱はなかなか下がらなかった。