がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『がらくた #9』

 

 

#9

 

 人は人に依存していかざるを得ない。

 それは、いい意味でも悪い意味でもだ。意地悪な人に貶められることもあれば、良い人に救われることもある。エマとの出会いは後者だった。

「良かったら、うちで働いてはどうかしら? ちょうど従業員が辞めたところで困っていたの。そうだ、せっかくなら、住み込みで働けばいいわ。どうせ部屋は余っているのだから」 

 ロゼッタが身の上をエマに(可能な限り)話すと、エマはすぐさまそう申し出た。

 エマはロゼッタが必要としているものを持っており、それを喜んで提供するほどに、良い人だった。

「あの、すごくありがたい申し出なのだけれど、仕事はぜひお願いしたいのだけれど……私は一人暮らしがしたいの……」

「そう。それは、残念だわ」

 エマは本当に残念そうだったが、なら代わりに安く部屋を貸してくれそうな知り合いを紹介すると言った。本当に、有難かった。

 ロゼッタの熱は一晩寝たら下がった。滞在中にロゼッタとエマはとても仲良くなった。まるで本当の親子のように笑い合っていた。エマは以前に、子供を亡くし、その子が成長していれば、ロゼッタと同じくらいの歳だったのだと明かした。

 エマの家には結局一週間ほど滞在した。ロゼッタはその間に新居を見つけることができた。

 

 ◇

 

 新居は集合住宅の一室だ。広くはなかったが、僕達には十分だった。

 中に入ると早速ロゼッタは僕をリュックから出した。そして、ようやく、人目をはばからず愛し合えると言わんばかりに、僕を抱擁しキスをした。

 僕のことは他人に見せない、話さない。

 それが、ロゼッタがこれまでの経験から学んだことだった。自分の選択は、世間一般では受け入れられないだろうということは十分に理解していたし、もはや、理解してもらう必要もなかった。僕達は二人でいられれば、それで良かった。

 新しい生活が始まった。僕達は、やっと、自分たちの、自分達だけの居場所を見つけた。

 ロゼッタは、エマのパン屋で働きはじめた。パン屋というと何とも牧歌的な響きがあるが、実はかなりの人気店で、なかなか大変な仕事らしかった。

 仕事を終え、家に帰ると、ロゼッタは自分で料理を作って食べた。

「シェフじゃあるまいし、料理の腕なんて必要ないと思っていたけれど、どうせ食べるのなら美味しいほうがいいものね。いやはや、親の言うことは聞いておくものね。ありがとう、ママ」

 平然と皮肉のようなことを言うロゼッタ。しかし実際のところ、母親に仕込まれた家事能力は、ここに来て役に立っていた。

 そうして、生活が落ち着いたころ、

「レオ、私達そろそろ結婚しましょう」

 ロゼッタは当然のように言った。

 

 ◇

 

「だってそうでしょう? 私達は愛し合っているのだから、結婚するのが自然だわ」   

 ロゼッタなら、そう考えるのだろう。もちろん、これまでなら、たとえ形だけだったとしても、そんな非常識なことを母親が許すはずがなかった。しかし、その母親はもう、この世にいない。もはや、ロゼッタを邪魔する障害はなかった。

 彼女のプロポーズに対して、僕は答える術をもたない。が、仮にあったとしたら、迷わずイエスと答えただろう。旅に出るとき、決めたのだ。何もできないガラクタの僕だけれど、彼女が僕を必要としてくれるのなら、僕も彼女のことを愛そうと。

 ロゼッタは早速準備にとりかかった。とはいっても、必要なものはそう多くはない。何しろ参列者はいないし、パーティーをするわけでもない。僕達二人が神様の前で誓い合う。ただ、それだけの儀式で、場所もこの家で行う。

 それでも、最低限必要なものとして、ロゼッタはドレスを用意することにした。神聖な儀式に、やはり普段着というわけはいかない。豪華でなくても清い格好でなければとロゼッタは考えた。

 ロゼッタは、初めての給金の中から、なるべく安価で綺麗な布を買ってきた。そして、ドレスを仕立てる。ここでも最低限習得していた裁縫の技術が役に立った。

 式は仕事が休みの日に執り行うことにした。その前日、ロゼッタはいつもより仕事の帰りが遅かった。暗くなってから家に帰ってきたロゼッタは、手にもった物を嬉しそうに僕の前に掲げた。

 草花を編み込んで作られた輪っか。

 花冠。

 まだ、ロゼッタが幼い頃、よく僕に作ってくれたことを思い出す。そして、今回、花冠は2つあった。

「明日はこれを頭に着けましょう」

 ロゼッタは無邪気に笑った。

 そして、当日。

 家の中の一番光が当たる場所にロゼッタと 僕は並んだ。

 僕は背の高い椅子に置かれた。首の切断面が綺麗だったため、ちゃんと頭頂部を上にして自立することができた。おかげで、ロゼッタが作ってくれた花冠を頭に乗せることができる。

 ロゼッタは自ら作ったドレスを着ていた。装飾のない、清楚で無垢なドレス。ロゼッタもまた、花冠をつけていた。

 とても、美しい姿だった。

 そして、始める。

 二人だけの、二人のためだけの結婚式を。


f:id:sokohakage:20210605232517j:image

 

「今日この日、レオは私の夫として、私はレオの妻として、一生一緒に生きるために宣誓します」

 牧師などいない。

 口上はすべてロゼッタが述べる。

「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、レオを夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓います」

 僕も同じだ。

 声を出すことはできないけれど、心の中で誓う。

 病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、ロゼッタを妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓う。

「一生涯、固く貞節を守ることを誓います。だから、どうか……」

 そして、ロゼッタは神様の前で気持ちを吐露する。

「どうか神様。私達が幸せになることを許して下さい。私は罪を犯しました。とても、酷いことをしました。穢れた私が、幸せを求めることは、わがままでしょうか」

 それはロゼッタが抱える葛藤だった。普段は見せない胸の内の弱い部分。

「私は……普通に生きられないのです。そのせいで母を苦しめ、そして仲違いをし、あまつさえこの手で殺めてしまいました。それでも、どうしようもなのです。私は私だから」

 彼女の中では、すでに答えが決まっていることだ。そうでなければ、いま僕達は一緒にいない。ロゼッタは強い子だ。信じる道をまっすぐに突き進む勇気を彼女は持っている。

「私は彼を愛しています。彼とずっと一緒にいたい。だから、どうか神様――」

 それでも、祈る。

 強くても、祈らずにいられないほど。

 本当は不安で。

 信じた道でも、先は見えなくて。

 この先に進むには、勇気が必要で。

「幸せになることを許してください」

 祈る。

 そして、それは同時に覚悟を示す言葉だった。暗闇の中を信じて進む覚悟を。

 強さを。

「誓います。私は……私達は」

 そして、宣誓する。

 僕も心の中で同じことを言う。

「永遠の愛を誓います」