『異常で非情な彼らの青春 #7』 /青春
#7
教室に戻ったあと――といっても、すぐに授業が始まったので、その次の休憩時間のことであるが、深夜は藤守林檎との関係について、田中陸夫をはじめクラスメイトたちから質問攻めにあった。もちろん、本当のことなど言えるはずがないので、曖昧に返答してやり過ごした。
煩わしいのは嫌だった。なので、放課後になると、すぐに席をたつ――またもや林檎が教室に来たりしないように。
B組の前の廊下。ちょうど教室を出るところだった林檎に声をかけ、足早に校舎を出た。
取り決め通り、深夜と林檎は並んで下校する。会話が盛り上がるということはなかったが、むしろそれが、自然であるように思えた――少なくとも深夜には、そう思えた。正直、林檎が今の状況をどう考えているのか、量りかねていた。いや、考えるもなにも、彼女は脅迫されてこうしているだけなのだけれど。
例の交差点をいつもと違う方向――林檎の家の方向に折れる。何となくだが、林檎の家の前まで行くことにした。
林檎の家はごく普通の一軒家だった。そこで別れを告げ、踵を返す。そして、再び交差点。
今度は自宅のほうへと足を向けようとして――そこで、またもや、人と衝突した。
2日連続で同じ場所で。
2日連続で同じ制服を来た女の子と。
「おおっと――」
女の子はよろけたが、転倒するようなことはなく、何とか踏みとどまった。
それしても、よく女子とぶつかる男だ。こうなるともはや女子専門のあたり屋と言われても仕方がない。
ショートカットの女の子は、同じ学校の制服を着用していた。
「ごめん、大丈夫だったか?」
深夜は心配そうな声色で伺う。
林檎のときのように無視されることはなかったが――
「おお、交差点で偶然男子とぶつかるとは、もしやこれは運命的な出会いなのでは?」
と、何だかテンション高めに返された。
「いや、大丈夫なら、それでいいんだ」
危機感を感じて足早に立ち去ろうとする深夜。それでいいはずだ。それ以上のやりとりなど必要なものか。しかし――
「ちょっと待って」と呼び止められる「君、名前は?」
「通りすがりの者だ。名乗るほどの名前はない」
どこかで聞いたようなセリフが思い浮かんだので、そのまま口にしてみた。
「何だか、アニメのキャラみたいだね」
陽気な笑みを浮かべる女の子。
「そういうふうには言われたくないな」
「まあ、これも何かの縁だ。漫画とかアニメとかでよくあるでしょ。衝突から始まる出会いが」
「よくあるというか、もはや古典だけどな。もっとも、転校生ってわけでもなければ、そこまでありきたりな設定でもないと思うけど」
その転校生がクラスメイトとして現れるというお約束の展開というわけでもないだろう。今はもう夕方であるし。
「一応、僕は転校生なんだよ。まあ、1ヶ月ほど前の話だけれど」
「ふーん……」
「名前」
「正直に言おう、俺は今、お前を警戒している」
「うわっ。直球だ。少しばかり傷ついたよ。でも、安心してよ。僕は通りすがりの男子に名前を聞くのが趣味なだけの普通の女の子だから」
「いや、それ結構ヤバいやつだから。そうだな。人に名前を聞くなら、まず、自分から名乗れ」
「ふむ、それはもっともな意見だね。私の名前は八重島カナ(やえじまかな)。よろしくね、愉快なお兄さん」
怪しさ満点だったが、名前など教えてどうなるものでもない。これ以上引っ張るのは自意識過剰というものだ。
「烏丸深夜だ。よろしくな、陽気なお姉さん」
愉快なお兄さんと陽気なお姉さん。子供番組に出演してそうだった。
「烏丸深夜――どことなく不吉な名前だね」
「よく言われるよ」今日、林檎にも同じ感想を言われのを思い出す。「じゃ、もういいな」
そう言って歩き出す深夜を、しかし彼女は呼び止める。
「待って。まだ話がある」
「何だよ」
「えーと。なんだっけ」
「無理やり会話を続けようとしてないか?」
「そんなことないよ。ほら、あれだよ。今日はいい天気だねって話だよ。明日も晴れるかなあ」
「話題がないときには天気の話をふるといいらしいと聞くけれど、あいにく俺は天気の話で盛り上がったことが一度だってないんだ」
「そうなの? 僕は友達と何時間でも天気の話に興じることができるよ」
「きっと興じているのはお前だけで、その友達は迷惑がっていると思うぞ」
「そんなことないと思うけど」
「じゃあ、今度こそいいな」
「そだね。今日のところはもういいよ。そろそろ、『少年探偵ソウタの事件簿』が始まる時間だしね」
『少年探偵ソウタの事件簿』。夕方の枠で再放送をやっているテレビアニメだった。
――アニメとか好きな奴なのか? 何気に僕っ子だし。
「じゃ、バイバイ」
八重島カナは手を振りながらタッと駆け出そうとする――が、その前に何かを思い出したように振り返り、
「――あ、ちなみに運命を感じているってのは本当だよ。きっとまた会うことになるよ、僕たち」
と、意味深に言い残して、そして駆け出した。しかし、
「まあ、同じ学校なんだし、そういうこともあるよな」
変な奴と知り合いになってしまったと、深夜はため息をついた。