がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『電気のつくり方 #2(最終話)』 /ホラー

 


 #2
 

「質問タイムに入りまーす!」

 『先生』は宣言した。

「質問のある子は手を上げてねー」

「はい、先生」

 S奈は垂直に手を上げた。

「何でしょう。17番」

「電用馬はなぜ脳ミソがないのに足を動かせるんですか?」

「脳ミソがないのにとは、どういうことでしょう?」

「普通、脳ミソから発せられた電気信号が神経を伝って、筋肉が動くでしょう。遺伝子操作によりつくられたとはいえ、元は動物なのだから、電用馬もこの仕組みは同じはずです。でも、電用馬には脳ミソがないから信号が出せません。だから、足の筋肉も動かせず、走れないはずです」

「なるほど、いい質問ですね。では皆さん、思い出してみましょう。電用馬の首には、餌を与えるためのダクトのほかにケーブルが繋がれていたはずです。あれは脛椎に接続されているのです。脳ミソの代わりにコンピューターから出された電気信号が、ケーブルから神経に伝わり、そして全身の筋肉に届くのです。よって、彼らは脳ミソがないにもかかわらず、運動ができるのです。わかりましたか?」

「……はい」

「ちなみに、全ての電用馬の動きは一台のコンピューターが制御してます。数十頭の電用馬が、スピードを合わせて走ることができるのは、このためです。もっとも、そのコンピューターを動かしているのは、電用馬により生産された電気なのですけどね」

 冗談のつもりだったのか、『先生』は声をあげて笑った。

「ほかに質問はありませんか?」

「はい先生」

 次に手をあげたのはM男だった。

「はい。25番」

「先生は冒頭に、生体動力発電は自然のエネルギーを使うのでエコだというようなことを言いました。でも、電用馬は遺伝子操作でつくられたのだから、それはもう自然とは言えないのではないですか?」

「25番。廊下に立ってなさい」

 M男は泣きながら廊下に出ていった。

「屁理屈はいけませんよ。屁理屈は」

「はい先生」

 X乃が手を上げた。

「はい。7番」

「生体動力発電というのは、その……道徳的には問題がないのでしょうか……」

 一瞬、教室がざわついた。X乃の質問は多かれ少なかれ、皆感じていたことだった。

「うん? どういうことでしょう?」

「なんというか、人間の都合で、頭部をなくしたり、足を増やしたり……その、彼らの意思とは関係なく一生酷使したりというのは、可哀想な気がします」

 『先生』はX乃の言い分が気に障ったのか、まくし立てるように答えた。

「可哀想? は? それはないでしょう。あり得ませんよ。先程も言いましたが、彼らは苦しみを感じません。幸も不幸もないのです。だって、脳ミソがありませんからねえ。彼らはただの肉です。道具です。燃料なのです」

「……」

「それに、考えてもみてください。もし、彼らに脳ミソがあれば、それはそれは苦しむことでしょう。神経に繋がれた電気信号により、無理やり走り続けさせられたり、胃袋に直接高カロリーな餌を流し込まされたりが一生続くのですから。でも、実際には彼らは苦しみを感じません。良かったですねえ、脳ミソがなくて。むしろ、これは道徳的だと言えるのではないでしょうか。――ほかに質問はありませんか? ないようですね。では、また先生からの質問です。電用馬は走るのに最適化されていると言っても、やはり生き物ですから少しずつ消耗して、やがては走れなくなります。さて、おさらいです。そうやってスクラップになった電用馬はどうなるのでしょうか。30番」
 30番、Y助は立ち上がり、一度唾を飲みこんでから答えた。

「餌に……なります」

 みんな、青い顔をしていた。発電所での出来事を思い出していたからだ。

 

 突然、一頭の電用馬がどうと倒れた。ベルトのスピードについてこれなくり、足がもつれたようだった。そして、ベルトに流されたのちに、斜めに設置されたしきりに当たり、横に滑り落ちた。

 同時に、天井から伸びたダクトやケーブルが外れる。強制労働から解放された電用馬の体躯は、ビクンビクンと痙攣していた。

 すぐに、ブルドーザーのようなロボットが現れ、発電室の隣の部屋まで押し出すような形で、電用馬を回収する。そして、役目を終えた電用馬は餌へと姿を変える。

 子どもたちには見えないが、隣室から聞こえてくる音が、何が起こっているのかを容易に想像させた。

 きっとでっかいミキサーか何かだろう。

 骨を砕くように小気味良く。

 肉をすりつぶすように水っぽく。

 やがて出来上がった流動食は発電室に戻ってくる。

 透明なダクトの中を赤黒いものが通過する。ダクトは電用馬の食道に直結していた。餌はそのまま走り続ける電用馬たちの胃に流れ込んだ。

 

「彼らは死してなお、仲間の血肉となり、走り続ける。そして、同じ場所で回り続ける、永遠に」

『先生』はうっとりとした顔で言った。

「追加の質問いいですか」

 Q香は手をあげた。

 周りの子どもたちは不審に思った。授業時間はもう、終わりに近づいていたからだ。

「何でしょう。1番」

『先生』はニコニコして指名した。

「どうして先生は……その……体が無いんですか?」

 再び教室がざわついた。

 聞くなよ、といった空気。皆薄々とその理由に勘づいていた。勘づいていながら、確認するのが怖かったのだ。なぜなら、その想像はあまりにもおぞましかったからだ。

 臨時の『先生』は生体動力発電所の研究員だった。今日はモニター越しに、授業を行っていた。子どもたちはよくしつけられていたので、マニュアル通りにすれば、うまく授業を進められた。

 モニターの向こうの女性は、首から上しかなかった。首から下が無かったとも言える。首の断面に取り付けられているさまざまな器具は、彼女の生命を維持するためのものだろう。

「体は有りますよ。頭と繋がっていないだけで――走っています、人間用の発電室で。走り続ける自分の体を見ていると、何とも言えない幸福感に包まれるのですよ。あの子達に比べれば非力ですが、わずかでも発電して、社会の役にたっていますし、それにとってもエコですからね」

 ちょうどそこで、授業の終わりを告げるベルが鳴った。