全2話『電気のつくり方 #1』 /ホラー
#1
西暦20xx年、日本。
とある、学校の教室。
◇
「みんな席に着きましょう」
『先生』が呼びかけると、各々好きに休憩時間を過ごしていた30人の子どもたちは、競うように自分に割り当てられた席に向かった。
机と椅子のセットは神経質なほどに均等に並べられていた。席に着いた子どもたちは、じっと『先生』の方に視線を集中させ、彼女が喋り出すのを待っていた。
先程までの喧騒はかき消え、一人残らず押し黙っていた。まばたきの音さえ聞こえそうだ。
その様子を見て『先生』は満足そうに微笑んだあと、授業を開始した。
「今日は先週の社会科見学の振り替えりを行います。どこに行ったのか覚えてますね? 3番」
『3番』とは『出席番号3の子どもが答えよ』という意味である。関係のない人が聞けば首を傾げるかもしれないが、子どもたちにとっては、いつもの言い回しなので、ちゃんと伝わっていた。
出席番号3――A美は立ちあがり、ひきつった表情で答えた。
「発電所です」
「発電所にもいろいろありますよ? 火力発電所でしょうか、それとも風力発電所でしょうか、はたまた原子力発電所でしょうか」
「ええと……生体動力発電所です」
「正解! みんな拍手!」
『先生』が芝居かかった大袈裟な口調で言うと、A美を除く29人分の拍手の音が、教室の中を反響した。『先生』が拍手を求めたときには、惜しみなく手を叩くのが決まりだった。
「生体動力発電は、自然の力で発電するので、とってもエコなのです。発電とは基本的に、何らかのエネルギーを利用して、発電機を動かすことを言います。化石燃料を燃やしたときに発生する熱を利用するのなら火力発電。大気の風を利用するのなら風力発電、原子力を利用するのなら原子力発電となります。では生体動力発電におけるエネルギー、つまり生体動力とは何のことですか。21番」
21番、K太は立ち上がった。
「電用馬です……」
「正解! みんな拍手!」
再び巻き起こる拍手。
しかし、称賛されたはずのK太の顔もまた、A美と同様にひきつっていた。
彼は、先週の社会科見学の際に見た光景を思い出していた。
発電室と掲げられた体育館くらいの広さの空間には、ベルトが数本平行に、端から端まで設置されていた。
ベルトというのは、すごく長いランニングマシンのようなものだ。
走るのは無論、電用馬。
一本のベルトの上を、数頭の電用馬が並んで走っていた。
計数十頭。ベルトはすべて連動しており、それら全ての電用馬の走力によりベルトを動かし、発電機に動力を送るという仕組みだ。
ベルト上のそれぞれの電用馬の間にはしきりが設けられていた。しきりは斜めに設置されており、転倒した際に後ろの電用馬に衝突するのを防ぐほか、邪魔にならないようにベルトの脇にはじき出す役割も担っている。
『電用馬』というのは法律に出てくる用語だし、『馬』と便宜上表現されることは多いが、実際には生物学上の馬とは全く別のものだ。むしろ、似ているのは、背格好くらいのものだろう。
電用馬には毛がなく、むき出しの肌は黄土色で、不自然に盛り上がった筋肉に走る太い血管はビクンビクンと脈打っていた。
筋肉は見た目だけではなく、機能面において優れており、休まずに数年間運動し続けることができた。
――とまあ様々あるのだが、それよりも一目見てわかる大きな特徴が2つあった。
ひとつは足が左右3本ずつ、計6本あること。
そしてもうひとつは、頭部がないことだ。
「電用馬はゲノム編集により産み出された、走るのに最適化された生物です。彼らは走るためだけに設計され、走るためだけに生産され、走るためだけに生命を維持されているのです」
首の断面には天井から伸びたチューブやらケーブルやらが繋がれていた。
チューブは食道に繋がれており、必要な栄養がダイレクトに送られるようになっていた。
気管については、特に何も器具などは取り付けられておらず、首の断面に肺に繋がる穴が開いている状態だ。穴からはシュゴーシュゴーと音をたてながら、空気が出入りしていた。
『先生』は授業を続ける。
「彼らが走るのを見てどう思いましたか? 12番」
12番、C子は立ち上がった。
「大変そうだと思いました」
「なるほど。大変そうですか。12番がそう感じるのは自由ですが、それは事実とは異なります。なぜなら彼らには頭部がなく、脳ミソもないからです。感情を生産する機構がありませんから、大変だと感じることはあり得ません。彼らは意思なく動き続ける肉なのです。彼らが走るのを見て、先生はこう思いました。なんて素晴らしいのだのと。数十頭の電用馬が協力してベルトを動かす一体感には感動を覚えますし、私たちに欠かせない電気を生産してくれていることに、感謝をせずにはいられません。そして、何よりエコです。エコでエモで、素晴らしいですね」