がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『ヒトガタ #2(最終話)』 /ホラー?

 

 

#2

 

「人間に、似ているから?」

 俺は聞き返した。

 ほほに笑みを浮かべたまま、人形師は答えた。

「つまり、言い換えれば、人間は人間に恐怖しているのではないか、ということです」

「いや、それはどうだろう。別に俺は他人が怖いとは思わないけれど。例えば、陸夫はバカだけどいい奴だし」

「では、少し想像してみましょうか。例えばの話です」

「……はい」

「あなたは、ある日、自分の部屋に帰ってきて、ドアを開けました。すると、部屋の真ん中に、等身大のリアルな人形が置かれていました」

「それは……男でしょうか、女でしょうか」

「想像しやすいほうで結構ですよ……。さて、人形を発見したあなたは、一体どんな反応をするでしょうか」

 想像する。

 とてつもない状況だった。

「きっと、悲鳴をあげて、階段を転げ落ちるでしょうね」

「そうですか。では、部屋の真ん中にあったのが、猫のぬいぐるみだったとしたら、どうでしょうか」

「不思議には思うだろうけど……いや、やっぱり怖いかな。誰かが部屋に入ってきたのかもしれないし」

 しまった、と俺は思った。

 いや、別に不都合はないのだが、何だか誘導された感じで癪だった。

 人形師は続けた。

「人形と猫のぬいぐるみの違いは、模しているものが、人間か猫かということです。ということは、人間という存在は恐怖の対象であるということが言えないでしょうか」

 そうなのだろうか……。

 釈然としないが、納得しかかっている自分がいた。

「だから、人形は精巧であるほど不気味だということですか……」

「いえ、不気味という言い方をするのなら、中途半端にリアルなものがそれでしょう。『不気味の谷』という感情の動きがありますね。何かを人間に似せていくにつれて、初めはいいのだけれども、ある瞬間から不気味だと思うようになる。しかし、さらに人間に近づけていくと再び感情は反転する。谷を越えたものへの恐怖は、これとはまた別の種類のものでしょう」

「人間は人間が怖い、ですか」

 まあ。確かに人間――特によく知らない他人は、自分に危害を及ぼす可能性もあるのだから、当然と言えば当然の危機感なのかもしれなかった。

「先程の架空の話の続きです。あなたは、階段から転げ落ちたあと、今見たものは何だったのか確認をしに、もう一度自分の部屋を訪れます。見た目は人間としか思えないが、ぴくりとも動かない。不思議に思っていると、間もなく親御さんが帰宅しました。確認したところ、それは確かに人形であり、親御さんが用意したサプライズプレゼントであることがわかりました。謎は解けました。良かった。もう、怖くない。正直嬉しくも何ともないプレゼントだったけれど、部屋の隅っこにでも飾っておこう。これで安心して眠れる。めでたしめでたし」

「いや、全然怖いっす」

「それはなぜかしら? だって、それが作り物であることは理解しているし、用意したのが家の人であることもわかっているのに」

 なぜだろう。

「何というか、魂が宿っているみたいに感じるからかな……」

「それは間違っていません。実際に人形には魂が宿りますから」

「まさか」

「魂というものは、科学的に解明された訳ではないでしょう。そもそも定義が曖昧なのだから、あると言ってしまえば、それが真実だとみなしてもよいでしょう」

「言葉遊びのように聞こえるけど……」

「こうも言えるでしょう。魂というものを写真に収めることに成功したという話は聞かないけれど、逆に、魂なるものが人形に宿っていないということが証明されたという話も、また聞かない」

 悪魔の証明

 方法論として、悪魔が『いる』と証明する場合には、実物を連れてくればよいのだが、『いない』と証明する場合は、なかなかに難しい。裏を返せば、例えば、幽霊なんかは、一見科学的事象でないように思えるが、論理的に考えれば、『いない』とは言い切れない。

 人形師は続ける。

「では、人形に魂が宿るのだとすれば、何がまずいのか。それは、もはや人間と同質のものだからでしょう。人間が恐れる人間になるからでしょう。実際に、魂を得た人形は人間の真似を始めますから」

「真似? 馬鹿な……」

「いろいろと例はあるでしょう。日本人形の髪が伸びたりとかいう話は、全国各地にありますし」

「いや、それは湿度のせいだとか、何かタネがあったはず」

「そうですか。でも勝手に動く人形という話もよくありますよ」

「それだって見間違いか何かに決まってる」

「果たして、そうでしょうか?」

 人形師はパチリと指を鳴らした。

 俺の横で直立していた1メートルほどの背丈の人形が、突然けたたましく踊り出した。

 俺は情けなく悲鳴をあげて、尻餅をついた。

 人形は、無表情のまま髪を振り乱しながら手足を激しく動かしたあと、ピタリと先程の直立の状態に戻り、再び動かなくなった。

「何か仕掛けがあるはずだ」

 声は震えていた。

「ええ。からくりです」

「……」

「ロボット工学の技術が進んで、高性能なAIでも搭載すれば、人間と人形の区別はなくなるかもしれません。魂とか本当はどうでもいいのかもね――」

 

 

 

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 ◇

 

 というのが、最近の変わった出来事だ。

 人形館だとかいう、怪しげな所に行って、館長を名乗る怪しげな女性にからかわれたというだけの話。


 まあ余談だが、一応、事の発端である陸夫には、翌日の昼休みに報告を済ませてある。

 

 ◇

 

「確かに面白かったけれど、館長が変な人だったよ。芸術家っていうのはみんなあんな感じなのかね」

「そう? 面白い人だと思うけど……」

 陸夫は不思議そうな顔をした。

「あれ? でもこの間、一週間ほど旅行に行くって言ってたけどな。昨日はまだ、帰ってきてないはず……じゃあ、行くのやめたのかな。もういい歳だし」

「いい歳? そんなふうには見えなかったけど」

「いや、どう見ても、結構な爺さんだろ」

「あ、ああ……」

 どう見ても――若い女性だったので、陸夫が言う人物とは別人だろう。では、あれは誰だったのか。部外者には見えなかったから身内の誰かだったのかもしれない。まあ、二度と関わるつもりもないので、どうでもいいことだろう。

「それより、あれ見たか? 一番大きな人形」

「大きな?」

「ああ、俺たちと同じくらいの大きさの。まるで生きてるみたいだったろ」

 心当たりがなかった。たまたま見落としていたか、修理か何かのために別部屋に移されていたのかもしれない。

 俺が首を捻る様子がおかしかったのか、陸夫は笑いだした。

「お前、人形みたいだなあ」

 

 終