がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『空想ヒロイン #7(最終話)』 /ホラー/美少女

 

 

 #7

 

「お別れ――そう言ったのか? 一体どこに行くって言うんだ?」

 どこかに行ってしまうという発想が的はずれだということはわかっていた。

 わかっていたが、認めたくなかったのかもしれない。メノウがこれから言おうとしていることを。

「やだなあ。どこにも行く必要なんてないじゃない。私がどこから来たのか忘れたの? 私はもともと『いない』人間。もとに戻るだけだよ。『いない』に戻るだけ。潔く、さっぱりと、今この場で消えるのよ」

「消える……」

「そう。泡のように。泡沫の夢のように。消えて、この世のどこにもいなくなるわ」

 確かに、僕らの別れはそういうものだろう。それ以外にあろうはずもない。でも――

「でも僕は、ずっと君と一緒にいたいと思っていた」

「ずっと?」

「そう、ずっと」

「いつまで?」

「いつまでも」

「あはは。そんなこと考えてたの?  ずっとは無理でしょ。どう考えても。いずれは終わるべきだった。今回のことがなくても、いつかは現実に帰るときが来ていたと思うよ」

「現実は――もう、詰んでるけどな」

 僕は自嘲ぎみに笑った。

「じゃあ、このまま私と一緒に警察に捕まってみる? 私という夢を見ながら。それがどういうことだかわかってる?」

「……」

「取り調べの過程で、裁判の過程で、君の前にはひたすら事実が積み上げられていくことになる。そこに、想像の入り込む隙間はない。それはつまり、私と、私を含む世界の否定」

 僕が作り上げた思い込みは、思い込みだけれど僕にとってのリアルは、粛々と暴かれ、否定され、証明され、凌辱される。

 メノウなんて女の子は当然『いない』し、いたという痕跡もない。押し入れの中は、もちろん誰かの寝床なんてことはなく、僕の描いたイラストがところ狭しと貼り付けられていて、犯人の異常性を示すエピソードになるだけである。

 だから、そうなる前に、ちゃんと終わらせよう。

 そういうことだ。

 思い出を綴じよう。

 現実に汚されないように、宝箱に入れて鍵をかけよう。

「わかったよ。でも、その前に、君に謝らなきゃいけないことがある」

「何かな?」

「ごめん、メノウ。君のせいにした。あの殺人は僕のものだった」

「ん……」

 現実からの逃避のために、彼女にその責任を押し付けてしまった。

「本当にごめん」

「まったくだよ。人を猟奇殺人犯みたいに仕立てあげてさ。でも、ま、いいよ。おかげで、最後にプチ旅行みたいなことができて楽しかったから。さてと――」

 仕切り直しとばかりに表情を引き締めて、
「それじゃあ、これで。今まで、結構楽しかったよ」

「ああ……」

「そんな顔しないで。さっきも言ったけど、いつかはこうなってた。それに、そもそも君がいなければ、君が馬鹿なことを思い付かなければ、私はここにはいなかったんだから、君には感謝しかないよ」

「なあ、メノウ。最後は、いつものようにしてくれよ」

「いつもって?」

「家にいたときみたいに、もっと乱暴な言葉遣いで僕を馬鹿にしてくれよ」

 腹が立つこともあったけど、言い合いばかりだった気もするけど、やっぱり、それがメノウと僕の日常だったから。

 メノウはポカンとした表情で口を開いていたが、すぐに、にやにやといやらしい笑みを作った。

「何それ、どういう性癖? 脳ミソ豆腐で出来てるの?」

「そう、それそれ」

「うわっ、喜んでる。意味わかんない。本当、君って気持ち悪いよね」

「そう、それそれ」

「ていうか、君、泣いてるじゃん」

 だって、もう、メノウの体は透けているから。だんだんと、透明に近づいていく。

 メノウは光の玉に包まれていた。光は、メノウの体から放出されたものだ。

 それは、確かに泡のようで。

 とてもとても幻想的で。

 

 

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「ねえ、君って結局私のことどう思ってたの?」

「好きだったよ、ずっと。それこそ出会う以前から」

「私も君のことは憎からず思っていたよ。なのにどうして、私たちは恋人同士じゃなかったのかな」

「それは僕の中で、恋が成就したら、その物語はもう最終回だからだよ」

「うわっ、なにその発想。きもっ。この腐れオタクが。バカみたい。今まで……ありがとう……」

 そして、メノウの存在のすべてが光に変化し、泡のように霧散した。

 最後に笑顔を残して。

 メノウという少女は、僕の前から姿を消した。

 

 ――僕はそういうことにした。


 さて、いい加減、現実逃避はやめよう。感傷はこのくらいにしておこう。これから、やるべきことがある。

 僕は高い建物に囲まれた路地裏を、来た方向に戻る。

 大通りへの出口から日の光が差し込んでいた。僕は目を細める。

 光の中に人影が二つ。

 スーツ姿の男が二人。

 身分を示す手帳を掲げられずとも、僕は彼らが何者かわかっていた。抵抗する気はない。全部僕がやったことだ。僕の犯した罪は、あまりにも重い。相応の罰を受けるべきだ。

 これからの人生に残ったのは夢の代償。僕はずっとそれを払っていくことになる。

 僕の物語はバッドエンドだ。

 だけれど――

 宝箱に仕舞った僕とメノウの物語は、ハッピーエンドにちがいない。

 

 

 終