がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

全2話『ヒトガタ #1』 /ホラー?

 

 

 #1

 

 これからするのは、何てことのない雑談だ。

 途中でピンチになるわけじゃないし、面白いおちがあるわけでもない。ただ、少しばかり、変わった体験をしたというだけの話だ。

 

 ◇

 

 町外れにある洋館は、どこか浮世離れしていた。

 現代において、普通に普通の住宅が建ち並ぶこの町において、その大仰な西洋風の建物は、どこか現実味がない。ファンタジーの世界に迷いこんだか、あるいは数百年前のヨーロッパにタイムスリップしたかのような場違い感があった。

 近寄りがたい雰囲気。

 人の紹介でもなければ、こうして門の前で中に入るのを躊躇することも、そして、門のところに掲げられている古びた看板に気付くこともなかっただろう。

 

『西園寺人形館』

 

 看板にはそう書かれていた。

 そして、少し小さく、こうも書かれていた。

 

『ご自由にお入りください』

 

 書いてあるのだから、勝手に入っていいのだろう。

 門はそもそも、開いていた。

 俺は敷地に入り、建物に近付く。

 玄関の扉もまた開いたままだった。重厚なデザインの扉に設けられているノッカーを使用する必用はなさそうだ。玄関には案内板が設置されており、どう進めばよいかが書かれていた。

 案内の通りに進むと大広間に到着した。中の様子を見て、息を飲む。建物の外観とは比べものにならないほどの非現実感がそこにあった。

 まるでパーティーをしているかのような賑やかさだった――もちろん、比喩だ。喧騒が聞こえたような気がしたのならそれは幻聴だ。実際はしんと静まり返っていて、物音といえば、自分の足音くらいのものだった。

 数十体の人の形をしたものは、みな人形だ。それ自体は驚くことではない。初めからそういう触れ込みだったはずだ。

 身長はバラバラで、大きくて1メートルくらいのものから、小さいものとなると、手のひらに乗るくらいのものもあるようだった。

 飾られているというより、この空間で過ごしているような配置だった。椅子に座って寛いでいたり、向かい合って談笑していたり――

 それらの間を歩きながら、作品を観賞して回る。

 人形はすべて女性――そして、ほとんどは少女のようだった。ゴシックと言うのだろうか、みなクラシカルな衣装を着用していた。

 大きさを除けば、人間そのものといえる精巧なつくりだ。

 肌の質感はみずみずしく、うっすらと血管が透けて見えるし、繊細なまつげの奥の瞳は澄んでいた。

 サイズに違和感がなければ、人間と見分けがつかないのではないか。

 しかし、生きているとしか思えないような人形達は、ピクリとも動かない。一瞬を切り取られたような空間は、やはり非日常と言える。

 そして、そんな止まったはずの世界で、背後に、誰かの気配を感じた。

 

 ◇

 

「人形? フィギュアか何かか?」

 『人形館』というのが耳慣れない言葉だったので俺はあてずっぽうで聞き返した。

 学校での昼休み。昼食時のことだ。

「全然違う。人形だよ。人の形で人形」

 陸夫(リクオ)は、ニンギョウという言葉がどのような漢字を書くのかを説明したが、それは、わかっていることだった。ピンとこないままだったが、俺は話を進めることにした。

「で、それがどうしたんだ」

「親戚がやってる人形館がすごいから、一度見てみなよって話だよ」

「うーん。あんまり興味ないなあ」

「別に無理にとは言わないけどな……。あっ、ちなみにそこ無料だから」

「無料?」

「ああ、趣味でやってるみたいだから」

「自分の人形を披露するのが趣味なのか? まあ、せっかくのコレクションだ、見せびらかしたくもなるのか」

「いや、人形っていうのはその親戚が作ったものなんだよ。館長であり人形師。つまり、披露してるのは、自分の作品ってことだ」

 

 ◇

 

 振り帰ると髪の長い女性が立っていた。身長は自分と同じくらいか。歳はきっと少し上だ。



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「こんにちは。館長の西園寺です。ようこそ、我が人形館へ」

 人形師という言葉の響きから、勝手に爺さんをイメージしていたが、どうやらそれは俺の偏見だったらしい。

「こんにちは」

「高校生かしら。私が言うのもおかしいけれど、ここ、わかりにくかったでしょう」

「友達に教えてもらったんだ。田中陸夫っていうんだけど」

 確か、親戚だと言っていたから、これで伝わるだろう。

「ああ、あの子ね」

 彼女は納得したように目を閉じた。

「彼に話を聞いて興味を持たれたのね」

「いや、あまり興味はなかったんだけど。まあ、気まぐれかな。家もわりと近いんだ」

「そう。興味はなかったのね。それはいい。そういう方の意見が聞きたいわ。それで、どうかしら、私の作品達は」

「率直に凄いと思いました。こんなものが人の手で作れるんですね」

 俺は正直な感想を口にした。

「ありがとう。嬉しいわ」

「でも、やっぱり不気味さはあるかな」

「不気味――それはなぜでしょう?」

「なぜ?」

 人形を不気味に感じるのは、まあ、一般的な感覚だと思うが、理由なんて考えたことなかったな。言われてみればなぜだろう。

「精巧に作られた人形に対し、なぜか人は恐怖のような感情を覚えます。なぜか。それはもちろん、彼らが人間に似ているからですよ」

 女性人形師は微笑んだ。