がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #10』 /長編

 

♯10

 

 人のベッドの上でくつろいでいた少女は、ある種のコスプレ喫茶でよく言われるフレーズで、俺を出迎えた。部屋の小型のテレビの電源が入れられており、夕方の情報番組が流れていた。

 彼女の名前は――よくよく考えれば聞いていない。耳には獣のような耳が生えており、さらにはこの世の者ではなく、天使のような存在、ということだった。

「ただでさえ情報が渋滞してるのに、メイド属性まで追加しようとするな」

 文句を言いつつ背中から鞄を降ろす。ベッドの上は占領されているので、俺はデスクチェアに腰を下ろした。

「はにゃん? 私は猫にゃ、人間をご主人と呼ぶのに不思議はないと思うが?」

「俺はお前の主人なのか?」

「んなわけあるか――にゃ」

 強めに否定される。話の筋が滅茶苦茶だった。

「五可は――友達にゃ」

「俺とお前はちょっと前に会ったばかりだ」

「さっきから、お前、お前って、私には『タマ』という立派な名前があるにゃ」

「いや、今初めて聞いたし。っていうか、お前タマって言うのか」

「そーだ。良い名だろう? 気に入っている――なぜ笑うにゃ?」

「いや。猫でタマっていうのは、アレだなと思って」

「何だかわからないが馬鹿にされている気がするにゃ? ふふん、きっと、このそこはかとなくキュートでスマートな響きを感じるセンスが足りないんだにゃ、人間!」

「猫の名前としては極めて凡庸な名前だよ、人間界ではな」

「そうなのか?」

「ていうかお前、人のベッドの上で何食ってんだよ」

「おせんべいにゃ」

 掛け布団の上に放置されていた、食いかけの煎餅をボリボリと貪り始める。

「ふとんにカスが散ってんだよ!」

「一階の戸棚にあったにゃ。少し湿気てるけど、まあまあいけるにゃ」

「人んちのものを勝手に食ってんじゃねえ! それに、誰かに見つかったらどうすんだよ」

 誰かとは言っても昼間は誰もいないはずだが、だからといって突然、母さんあたりが帰ってこないとも限らない。

「大丈夫にゃ。私の姿は五可以外には見えないにゃ」

「そうなのか?」

「にゃ。だから周りから見れば、今の五可は空気に向かって突っ込みを入れてる危ないやつにゃ」

 それは困る。どうやら気を付けねばならないのは、俺のほうだったようだ。

「相変わらず当たり前みたいに勝手に上がってくるな。しかしちょうどいい。話がある」

 猫耳少女――タマは、居住まいを正し、にやにやと口角を上げた。

 


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「私の言った通りだったろう?」

「そうだな……感謝してる。ありがとう」

 心から思うことを口にする。どん底の状況から救ってくれたのは間違いない。

「礼には及ばんぞ。私は契約どおりにやっただけにゃ。私は私できちんと報酬を貰うのでな」

 気になる単語が出てきたが、それより先に聞きたいことがあった。

「確かに胡桃には会えたよ。感謝はしているがその上でやっぱり聞きたい。胡桃は、まるで、人格が変わったようだった。あれは一体どういうことなんだ?」

「なぜ、綾ノ胡桃は性格が変わってしまったのか。それは、言えないにゃ」

「ぶっとばすぞ。猫」

「タマにゃ。言えないのには理由があるにゃ」

「理由? 何だよ」

「それは、五可が考えるべき問題だからにゃ」

「俺が?」

「そうにゃ」

「よくわからんが」

「まあ、本来先に説明すべきことがある――どう言おうかにゃ。さっき契約の話をしたような気がするにゃ」

「ああそう言ったな」

「神様と交わした契約にゃ。といっても私の役割としてはこうやって時間を戻すことと、ゲームのルールを説明することくらいのものにゃ」

「ゲーム?」

「そそ。五可がプレイヤーにゃ」

「そんなものの参加に同意した覚えはないが?」

「同意は必要ない。すでに始まっているにゃ」

「何なんだよ。そのゲームって」 

「うーん。簡単に言えば、綾ノ胡桃を救うのが目的にゃ」

「救うも何も、あいつは生き返って……いや、生き返ったわけじゃないのか――?」

 死ぬ前まで時間が戻った。同時に性格が変わったが、逆に言うと、変わったのはそれくらいで、他のことは変わらずに時間が進んでいて――なら、胡桃は――

「そう、『まだ』死んでないだけにゃ」

 そこで、スマホが鳴動した。

 スマホの画面に表示された名前は『綾ノ胡桃』――胡桃からの電話だった。