がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『がらくた #3』

 

 #3

 

 新しい家での日々が始まった。人型をしているというだけのガラクタに日々も何もあったものかと思われるかもしれないが、ゴミ捨て場と比べると、気分がまるで違う。

 それに、たとえ一方的だったとしても、話しかけてくれる人がいるというのは、嬉しいことだった。

 この家に来て、数日がたった。

「あなたの名前を考えたの。やっぱり名前がないと話しづらいもの。あなたの名前はレオ。いい名前でしょう?」

 ロゼッタは嬉しそうに言って、ロッキングチェアに座る僕に飛びついてきた。もちろん、僕は自分の意志で体を動かすことができないので、それを受け止めることはできない。勢いがそのままロッキングチェアに伝わり、前後にぐらんぐらんと揺れた。ロゼッタは、僕の胸の部分に柔らかい頬をこすりつけた。

「好きよ、レオ」

 ロゼッタは、なぜか僕に対して恋人のように接してくる。鉄の体にスキンシップを取り、母親に気付かれないように愛を囁いた。

 まあ、きっと、子供のごっこ遊びのようなもので、一過性のものだろう。僕はそう推測していた。

 ロゼッタは家で過ごすことが多かった。自室にいることもあったし、そうでないときもあった。

 ロゼッタが部屋にいないときは、熊のぬいぐるみと二人きりになる。僕が使わせてもらっているロッキングチェアの上は、もともとは、あのぬいぐるみのものだった。ぬいぐるみにしてみれば、ある日突然やってきたガラクタにその場所を奪われ、床が定位置となっていた。

 悪い気がしないでもないが――気のせいだ。『それ』には魂が宿っていない。何となくだが僕にはわかる。ただ物質としてそこにあるだけだ。

 母親は、昼間は仕事に出ている日が多いようだ。母親がこの部屋に入ってくることもたまにあった。部屋の掃除をするときだ。母親は忌々しそうに僕を見て、ため息をついた。

 ある日、ロゼッタは珍しく外に遊びに出掛けていた。数時間ほどして帰ってくると、手には花やその茎や葉でできた輪っかを持っていた。満面の笑みでそれを僕のほうに差し出してくる。

「表に綺麗なお花が咲いていたの。これをレオにあげる」

 彼女はそう言って、僕の頭に花の冠を乗せ、満足そうに笑った。

 ロゼッタは母が出かけている間、ずっと遊んでいるわけではない。彼女は多くの家事をこなしているようだった。母が仕事に出ていて忙しいということもあったが、女子は将来嫁ぐときのために、家のことはできるのがよいというのが、母親の考えだった。ロゼッタは、料理が得意ではなく、よく指に傷を作っていた。

 冬になった。窓の外の世界が白く染まっていた。その日、ロゼッタの顔は真っ赤だった。息が荒く、とても苦しそうだった。母親は娘の看病をするために、仕事を早退した。僕はこういうときに何もできない。それが悔しかった。

 冬の間、ロゼッタが熱を出すことが数度あった。元気な子供だと思っていたが、案外体は丈夫ではないのかもしれない。

 雪がとけ、春が訪れた。

 雪の季節から花の季節へ。ロゼッタは、また僕のために花の冠を作ってくれた。ロゼッタの嬉しそうな笑みは去年より少しだけ大人びて見えた。子供の成長は早く、みるみる背が伸びていった。

 穏やかで、暖かい日々が、過ぎていく。

 これが、幸せというものだろうか。ガラクタの身には余る。あのゴミ捨て場で朽ち果てずに良かったと、心から思えた。

 

 気が付けば、数年が経過していた。

 ロゼッタは、美しい娘に成長していた。

 

 
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 ある時期からロゼッタは、学校に通うようになっていた。

「会いたかったわ、レオ」

 ロゼッタは帰ってくるなり言って、僕に抱きついてきた。いつものように僕の胸のあたりに、頬を乗せる。

「愛しいレオに会えないなんて、まるで拷問のようだわ。つまらない授業中もずっとレオのことを考えているの」

 ――恋人ごっこは続いていた。

 初めの頃は子供の遊びだと考えていたが、分別のある年頃の娘になっても、彼女の僕に対する態度は変わらなかった。

 勘違いでなければ。

 きっと。

 彼女は僕のことが好きなのだ。

 そして、僕も彼女のことが好きだった。

 大好きだった。

 でも、僕はガラクタだ。抱きしめることも、言葉を返す事もできない。幸福な日々の中にあって、それだけが残念でならなかった。