がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『がらくた #2』

 

 

 #2

 

 30分ほど女の子に引きずられたあと、彼女の家に到着した。大きな三角屋根が特徴的な家だ。

 女な子は体重を後ろにかけながら木製の扉を引っ張った。ぎいと重苦しい音をたてて扉が開く。

「どーぞ」

 女の子はあくまで話しかける。物言わぬ、このガラクタに。

「遠慮しないでね。今日からここはあなたのおうちだから」

 そう……なのか。

 なぜ、彼女が僕を自分の家に連れてきたのかという疑問が解決した。

 屋根のある場所で日々を過ごせるなんて、贅沢な話だ。今までは空の下で風に晒され雨に打たれていたのだから。

 もっとも、あのゴミ捨て場に捨てられる前は、ちゃんと屋根のある場所にいたのだけれど。ただし農機具や馬ふんとの同居だったのだが。

 玄関の中に入れられる。女の子は少し考えたあと、家の奥から濡れたタオルを持ってきて僕の体を入念に拭いた。さすがに、汚れたまま家にあげるのはまずいと思ったらしい。

「これで、きれい」

 そして、僕を奥に引きずっていく。

「ここ、私の部屋」

 彼女の個室のようだ。子供部屋にしては、少し広いような気がした。

 窓際に、置かれたロッキングチェアには、女の子より大きな熊のぬいぐるみが座らせられていた。女の子はそのぬいぐるみを掴み、床に放りなげた――放りなげたあとに思い直して、壁を背に座らせた。

 そうして、空いたロッキングチェアに、今度は僕が座らせられる。

「この椅子私のお気に入りなの」

 そう言って椅子を揺らす。お気に入りの椅子を、ぬいぐるみや僕のようなガラクタに占拠させているのが不思議といえば不思議だった。

「くつろいでていいよ。ママは仕事で昼間はいないから」

 ふむ。

 となると、しばらくすると母親が帰ってくるのか。彼女の母親は、こんなガラクタが我が家に持ち込まれていても平気なのだろうか。

 

 夕方になって母親が帰宅した。母親は果たして、娘の部屋のロッキングチェアでくつろぐ僕を見て悲鳴をあげた。

「捨ててきなさい!」

「えー! どーして!?」

 女の子は不満げな声をあげた。

「こんなに汚いものをうちにあげないでちょうだい。それに、顔の部分だけ妙に精巧で不気味だわ」

「きちんと拭き上げたから安心して。それに彼の顔はとてもハンサムよ」

ロゼッタ。こんな薄汚いガラクタに対して『彼』という呼び方は不自然よ。『それ』もしくは『これ』と言うべきだわ。さあ、今日はもう遅いから、それはいったん外に出しておいて、明日になったら元の場所に捨ててきなさい」

「いやよ! 彼は今日からずっとうちにいるの」

「そんなの、駄目に決まってるわ!」

「どうして駄目なの? 彼はきっと食事は要らないから、家計の負担にはならないわ」

 この言葉を受けて母親は何かに気づいたようで、少し冷静さを取り戻した。

ロゼッタ。あなたにお金の心配をさせてごめんなさい――それに、ママが忙しくてあなたに寂しい思いをさせていることも……」

「それはしょうがないよ。ママ一人で私を育ててくれているのだもの」

 女の子――ロゼッタが、僕をここに連れてきた理由、その根底にあるものが少し垣間見えた気がした。

「でも、わかって、可愛いロゼッタ。ママはあなたには普通の幸せを掴んでほしいの。そのためには、あまり他の人から変な子だと思われることをしないようにしなくちゃいけない」

「別に変だとは思われないと思うわ」

「あら、どうして?」

「だって、この村には近い年の子供がいなくて、私にはお友達がいないから」

「今のところはね。でも、あなたが将来結婚する人は、変に思うかもしれないでしょう?」

 母親がそう言うと、ロゼッタは浮かない顔をした。その後も噛み合わない言い合いは続き、結局母親のほうが折れた。娘に寂しい思いをさせているという負い目もあったようだ。それに、娘の変わった遊びもすぐに飽きるだろうし、その時に僕を処分すればよいと考えたようだった――ちなみに僕も同じ考えだ。

「わかったわ。好きにすればいい。でも、この部屋からは出さないでね」

 母親が娘に向ける目は優しかった。

 そして、僕に向ける目は、冷ややかだった。

 

 ◇

 

 夜になった。

 窓から射し込む月明かりが、部屋を照らしている。

 ベッドで眠っていたロゼッタがおもむろに体を起こした。ベッドから降り、ロッキングチェアに座ったままの僕のほうに近づいてくる。

 ロゼッタは、僕の首の部分に手を回し、顔を近づけてきた。

 そして。

 僕の唇の部分と彼女の唇が触れる。

 彼女は寝ぼけているのだろうか。

 


f:id:sokohakage:20210404131414j:image

 

 いや。

 彼女は僕の顔をまっすぐに見つめ、笑みを浮かべていた。

 宝石のような瞳が、月明かりを反射し煌めいていた。