がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『がらくた #4』

 

 

 #4

 

 ロゼッタの母親がずっと僕のことを疎ましく思っていたのは間違いない。

 もう何年も前、ロゼッタが僕をゴミ捨て場から拾ってきて家に置いておくと言い出したときは、すぐにその変な遊びは飽きてしまう、飽きたら捨てればいいと考えていただろう。が、いつまでもその兆候すらない。

 しびれを切らした母親は、何度か僕を捨てようと試みたが、ロゼッタは半狂乱でそれを阻止した。結局、数年経った今でも僕はこの家に居続けている。

 母親は、娘の嫁ぎ先の心配をしていた。時期が来れば良い縁談を見つけるつもりだった。だが、当の本人が薄汚いガラクタにべったりというのは格好が悪い。

 当時、ロゼッタは幼かったので、その心配はやや行き過ぎな感もあったが、どころがどうだ。数年後、母親の心配は現実のものになった。

 しかし、それでも。

 母親は、まだ実態を知らない。ロゼッタがゴミ捨て場で拾ってきたガラクタのことを、自分の恋人だと思っていることを。

 もちろんそれは、ロゼッタが、上手く隠しているからだ。ロゼッタの本心を知れば、母親は無理矢理にでも僕を家から追い出すだろう。

「ママはいずれ私に好きでもない人と結婚させようと考えているの。私に幸せになって欲しくないのだわ」

 母親の考えはきっと逆――娘のためを思ってのことだろうが、僕に反論する術はない。

「私の幸せは、ずっとあなたと一緒にいることなのに」

 それは――本気で言っているのだろうか。

「それに、最近、同級生の男の子に言い寄られてて困っているの。私にはちゃんとした恋人がいると説明しているのに、まるで信じない」

 彼女くらいの歳になれば、そういった話もあるだろう。いや、ないほうが不自然だ。

 もちろん、僕はロゼッタのことを好いているし、ロゼッタも僕のことを好いてくれている。でも、ロゼッタは、きっと普通に人間の恋人を作ったほうが良いのではないだろうか――ずっと僕が思っていることだ。

「心配しなくていいわ。私にその気はないから。レオ以外の人なんて、考えられないもの。でも、いい加減鬱陶しいから、彼と話をするために家に呼んだわ。彼は何か勘違いをして浮かれていたけれど……」

 次の日、ロゼッタの予告通り、同級生だという男が来た。母親は留守だった。玄関でロゼッタと軽い会話を交わしたあと、この部屋に近づいてきた。

「ここが私の部屋よ」

 金具の軋む音がして、部屋のドアが開く。

 青年は、すらりと背が高く整った顔立ちをしていた。ニコニコと笑みを浮かべ幸せそうだったが、僕を見つけた途端、あからさまに表情を引きつらせた。僕は申し訳ない気分になった。

 彼にとって不思議な光景だったのだろう。クマのぬいぐるみというならともかく、鉄くずの寄せ集めでできた、人の形をしたガラクタが、立派な椅子に深々と座っているのだから。ちなみにだが、例のクマのぬいぐるみは、ある時期から、部屋から消え去っていた。

「か、変わったインテリアだね」

「彼のこと?」

 ロゼッタは僕の方にやって来て青年と向き合う。

「君が作った芸術か何かかな?」

「いいえ――」

 ロゼッタは僕に抱きついた。

「彼は私の恋人よ」

「何だって?」

「言ったでしょう? 私には恋人がいるって」

 青年は眉をひそめた。

ロゼッタ……。僕のことが、嫌ならはっきり言ってくれないか。これがジョークならさすがに笑えない」

「はっきりと言っていたつもりだったのだけれど……。随分と便利の良い耳を持っているのね。そして、今言ったことはジョークなんかじゃないわ。本当のことよ。私と彼は愛し合っているの」

 青年はため息をついた。

「いや、意味がわからない」

「あら、本当よ」

ロゼッタ……」

「本当だってば」

「仮にだ。君がこのガラクタのことを好ましく思っていたとしてもだ。彼のほうがどう思っているかはわからないじゃないか。それとも、もしかして彼は喋るのかい?」

「いいえ、喋ったりしないわ」

「なら、愛し『合って』いる、という表現は、おかしいんじゃないか?」

 至極まっとうな反論だった。もっとも、その反論が成功したところで、もはや彼にとって何か意味があるとは思えないが。

 しかし、ロゼッタは、そのまっとうな理屈を、

「いいえ」

 まっすぐに否定した。

「彼も私のことを愛しているわ。私には彼の気持ちがわかる」

 それは――嘘だ。

 僕が、彼女のことを好きなのは確かだけれど。これまで、僕の考えや意志が彼女に伝播したためしなどない。

 ロゼッタは続ける。

 ルビーのような深い赤い色の目に、揺るがない意思が宿る。

「なぜなら、私はそう信じているから」

 ロゼッタは僕の首に腕を回し、僕の口を彼女の口で塞いだ。彼女の唇が潰れてしまうほど強く、深く重ねる。

「いかれている」

「あら。愛ってそういうものよ」

「もういい。わかった」

 ロゼッタは、部屋を出ていく青年の背に向けて思い出したように言った。

「あ、彼のことは内緒にしておいてね」

 青年は何も答えず、そのまま家を去った。

 

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 ◇

 

 あれからずっと考えている。

 昨日、ロゼッタが青年をあしらうためにとった行動は常軌を逸していたと思う。

 彼女は本当にこれでいいのだろうか。

 このままで、この先の人生、彼女は幸せになれるのだろうか。

 夜になった。

 いつもなら、とっくに眠りについている時間帯だったが、今日は寝付けないのか、ロゼッタが近寄ってきた。

 灯りがなくても、彼女の顔がはっきりと認識できるくらい、月が明るかった。

「私はあなたさえいればいい。邪魔するもの全てと戦うわ」

 僕に体を擦り寄せ、囁くように言う。

「確かに普通でないかもしれない。でも、だから何? お喋りすることはできないし、体を重ねることもできないけれど、こうやって口付けを交わすことはできる」

 ロゼッタはその言葉のとおりの行動をした。

 ああ――駄目だ。

 ロゼッタ、やめるんだ。

 さっきから。

 ドアが少しだけ開いているんだ。

 隙間から、目が見える。覗かれている。

 ドアが開いた。金具がきしむ音でロゼッタも気付く。

 母親は、怒りと失望と憐れみが混じった視線を娘に向けた。