がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #24』 小説/長編

 

 #24

 

 ある実験がある。

 物理学の量子力学という分野での話だ。ちなみに、俺の知識は漫画なんかが元なので、正確さは怪しいということだけ先に言っておく。

 実験の内容はこうだ。

 まず、箱の中に猫を入れ、中から開かないように蓋をする。蓋を閉めてしまえば、箱の外から中の様子を視認することはできない。 

 そして1時間後、2分の1の確率でこの箱の中に毒ガスが発生する。毒ガスが発生した場合、猫は即死する。

 さて、1時間が経過した後に箱を開ければ、『生きている猫』か、『死んでいる猫』か、どちらかの姿を見ることになるだろう。もちろん2分の1の確率で。では、1時間が経過してから蓋が開けられるまでの間は、どうだろうか。箱の中はどうなっているだろうか。

 普通に考えれば、これもまた同じように、2分の1の確率で『生きている猫』か、『死んでいる猫』かのどちらかの状態で存在しているはずだ。

 ところが、この量子力学の分野では、こう捉える(らしい)。とても奇妙だが、『生きている猫』という状態と、『死んでいる猫』という状態が、重なり合っている、と。

 つまりこれはどいうことかと言うと、この世界の事象は、いろんな可能性の重なり合いの状態がまずあり、それは観測された時点でいずれかの状態に決定されるということだ。

 ――というような俺のつたない説明を、胡桃はニヤニヤしながら聞いていた。彼女はクールだが、決して笑わないキャラというわけではない。

「それは『実験』ではなく、『思考実験』だね。実際に猫をいじめたわけじゃないよ。実験の結果、『生きた猫と死んだ猫が重ね合わせになっていることがわかった』ではなく、そういうへんてこな状態が実際にあり得るのだろうか、と問うているわけだ。他にもいろいろと指摘したいことはあるが、詳しくはあとで『シュレディンガーの猫』で検索しておいてくれ。いや、君の推測は否定はしないよ。ただ、僕は物理学に明るいわけじゃないから、君の説の妥当性は、わからない」

「わからないことを議論してもしょうがないということか」

 胡桃が言った、『まるでなっちゃいない』という意味は、そういうことだろうか。

「それもあるが、僕が言ったのは、そもそもそんなことを考える必要がないだろう、ということだ。少なくとも現段階ではね」

「必要がない?」

「現状を説明するための仮説は『世界が2つある』で十分だということだ」

「ふーん。いい線行ってるような気がしたんだけどな」

「もしこれが、小説か何かの話なら、それで良いと思うよ。妥当な推測だ。でも君の物語に題名はついていないだろう?」

 


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「まあ」

「君の仮説が間違っていると言っているんじゃない。正しい、正しくないという話じゃなく、少ない仮定で物事を説明できるのなら、そのほうがいいと言いたいんだ。だってそうだろう? 量子力学を扱ったSF的な世界解釈をしたとしても、ファンタジーな魔法の力で世界が2つに分かれたのだと解釈しても、説明できることは変わらない。『世界が2つあるから、綾ノ胡桃の性格が切りかわっているように見える』だ。なぜ、世界が2つあるのかといったメカニズムの話は、切り離して考えるべきだ。だから今、量子力学だの、観測問題だの、コペンハーゲン解釈だの、多世界解釈だのを、考える必要はないということだ。無駄な仮定は、カミソリでそうするように剃り落とすのがいい。もし、それらを仮定することによって説明できる事象があるなら、そのときに考えればいいのさ。さて、前置きはこれくらいにしよう」

「前置き長えよ!」

「君のせいだろう。さて、今僕が言ったことを踏まえたうえで思考してみよう。世界が2つのあるとしてだ。次に考えることは何だ?」

「……」

「比較だ。2つの世界の違いは何だと認識している?」

「胡桃の性格の違い」

「違うのは性格だけか? 愛されキャラの綾ノ胡桃がいる世界A、偏屈でボッチの綾ノ胡桃がいる世界B。これでいいのか?」

「いや、周囲の状況も違う」

 例えば俺と胡桃の関係性とか、周囲の人の認識とか、矛盾がないようにできている。

「それは、綾ノ胡桃の性格が違うというのと同義だね。もっと、明らかな違いがあるだろう?」

「明らかな違い?」

 さっきから聞き返すのがやっとで、胡桃の頭の回転の速さにまったくついていけていなかった。

「死亡する日時だよ。3日ほどずれがあるんだろう? このあたりが謎を解くための鍵だろうね。僕のセンスがそう言っている。だから、君の話を聞いた限りでの僕の認識は、『愛され胡桃が、2022年11月23日午後5時30に死亡する世界』が世界A。『偏屈胡桃が、2022年11月26日午前11時45分に死亡する世界』が、世界Bだ。そういうふうに整理して、さあ、もう一度考え直してみようか」