がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #18』 小説/長編

 

♯18

 

□11月23日(水)

 

 朝日をまぶた越しに感じた。

 俺はベッドから体を起こすと、すぐに机の上のデジタル時計を確認した。

 午前7時きっかり。起床時間はいつもどおり。日にちは11月23日水曜日――認識と『ずれ』はない。

 朝起きてすぐに時計を確認するのは以前からの日課だったが、最近はルーティンという以上の意味がある。

 自分がいる場所がどこか、目覚めた座標が認識と合っているか、そんなことを確認するための作業。

 不安を取り除く作業。

 仕方がない。人間の脳はタイムリープなんて想定されて作られているはずがないから。

「タマ、どこかで見ているんだろ?」

 部屋のドアの前に家族がいたら、不審に思うかもしれないが、しかし、俺ははっきりとした声量で言った。

「出てこいよ」

 もう、わかってる。

 夜はどこか別の場所で寝ているとか、彼女はそういう存在じゃない。そんな実世界の、いわば実態のある存在ではない。

 どこからか現れて。

 そして、どこかに消える。そういう類のものだ。

「タマ、話がある」

「朝からさわがしいにゃ」

 後ろから声がする。振り向くと、押し入れから、ずるずると這い出てくるタマの姿があった。

「え? なんで、そんなとこから」

「今更だにゃ。ここが私の寝床だぞ。布団がたくさん積んであって、もぐりこむと気持ちがいいにゃ」

「いや、いつもいつの間にかいなくなっているから、てっきり、存在を消しているのかと思ってた」

「ソンザイヲケス? 何を言ってる五可。また中二病か?」

「全然、気が付かなかった……」

「無理ないにゃ。だいたい昼間まで寝てるから朝は会わないしにゃ」

 それで、学校とかから帰ってきたら、部屋にいたりするんだな。

「……夢を見たんだ」

 俺は本題に入った。

「どんな夢にゃ?」

「小学生の頃、ある子猫に出会ったときの夢だ」

「五可は昔、猫を飼ってたのか?」

「飼ってたというのとは違うな。会いに行ってたんだ」

 

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「それは……」

「ただ、今日だけじゃない、忘れていたような子供の頃の夢を最近よく見るんだ。なあ、タマ、無関係じゃないよな。『これは何だ』?」

「……夢は、五可の記憶――五可が考えているとおり、このゲームの一部にゃ。これも、ゲームの前提のようなものだから、説明しておくにゃ」

 ルールについては説明する――でないとフェアじゃないというところだろうが、しかし、起こっている事象の核心には触れられない。言えば俺が大変な目に合うということだったか。だからあまり深堀りをすると自滅になるのだが、そこはまあ、タマを信じよう。

「逆に言えば、夢の内容にこのゲームをクリアするための重要な何かが隠されているということだな」

「それはどうかにゃ?」

「でも、どうしても思い出せないことがあるんだ。夢の中に出てくる胡桃は、ときどき性格が変わるんだ。それが重要でないことのはずがない。だって、前回の胡桃はその『もうひとりのほう』だった」

「……」

「でもさ、小さな頃とはいえ、胡桃のことだ。ささいなことでもない。こんな重要なこと、覚えていないはずがない。どうしちまったんだ。俺の頭は」

「それは、五可の記憶の一部に神様が鍵をかけているからにゃ」

「鍵をかけている?」

「記録はされてあるけれど、それを覗きにいけなくなっているというのか、そこに行く通路に鍵がかけられているようなものにゃ。簡単に言うと、覚えているけど思い出せなくなっているにゃ」

「神様ってのはそんなこともできるのか。でたらめだな」

「神様だもん。何でもできるにゃ」

「でも、それじゃあ、夢の内容も本当に起こったことかは、怪しいな。そもそも、記憶なんて曖昧なものだしな」

「いや、夢は『実際に過去に起きた』出来事にゃ。ちゃんと不完全な部分は補修されている。ただし、意図的に隠されている部分はあるにゃ」

 心当たりはある。

 ***ちゃん――か。

「しかし、神様も意味不明だよな。助けてくれたり、邪魔したり。タイムリープなんてチートをくれるんなら、ちゃんと記憶も残しておいてほしいぞ」

「それはそうにゃ。だって、そうしなければ、すぐに終わってしまうにゃん」

「え?」

「前は適当に誤魔化したような気がするが、別に隠してるわけじゃないにゃ。にゃんにゃん。五可は少し勘違いしてる。神様は悲運な五可に手を差し伸べているわけじゃない。五可が苦しむのも――そもそも胡桃が死んでしまうのだって、全部ひっくるめて神様の仕組んだゲームのうちにゃん」