がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #16』 小説/長編

 

 

 

 #16

 

 胡桃の(くりくりとした可愛らしい)瞳が、猫耳の少女――タマを捉えている。

 気がするのだが、どうだろう。だって、タマの説明では、俺以外の人間には彼女の姿は見えないということだったから……。

 もしかしたら、偶然タマの後方の何かを見ているだけかもしれない。もっとも『その子』などと呼ばれるようなものの心当たりなど、全くないけれど。

「『その子』って誰だよ」

「それは私が聞いてるんだよ?」

 タマがさりげに横にずれる。俺と同じ思考をしての行動だろう。しかし、胡桃の(くりくりとした可愛らしい)瞳は、やはりタマを追いかけていた――さっきから、丸括弧で特別に今重要でない描写がある気がするが、まあ、あまり気にしないようにしておこう。いや、どれだけ胡桃のことが好きなんだよ、俺。

「いやいや、その、猫耳? 頭に可愛い飾りを付けた女の子だよ。この子、どこの子?」

「気のせいだよ。うん、眠たいんだよ、胡桃は。きっと夢を見ているんだよ」

 俺はしらばっくれることにした。ほとんど無理筋にはちがいないけれど。いや、或いは胡桃なら――

「うーん、確かに、たまに眠くて夢か現実か区別できなくなるからな私。そうだよね、これは、きっと夢だ――ってそこまで馬鹿な子じゃないよ、私っ!」

 駄目だったか。

「ああ、こいつは――」

 親戚の子とか言ってもすぐばれるだろうな。

「シャー!」

 俺が言い淀んでいるすきに、タマは胡桃を威嚇した。

「シャー! シャー!」 

「あなた、だあれ?」

 声のトーンは冷たかった。

「私は……五可の友達にゃ」

「ふーん。私は五可の幼馴染だよ。小さい頃からずっと一緒で、ずっと仲良しなんだよ」

「……」

「その耳、コスプレってやつ? 可愛い――」

 タマに近付き、耳を触ろうとする胡桃。

「フシャー!」

 手が触れる直前、跳ねるように身を交わしたタマは、脱兎のごとく(猫だけど)、部屋を飛び出していってしまった。

「行っちゃったね。で、結局あの子は何なの?」

「あまり気にしないでくれ、としか言いようがないかな。まあ、悪いやつじゃないよ」

「良い人か悪い人か。そんなことを私が気にしてると思ってるのかな? 五可は」

「……」

「……まあ、五可がそういうなら、それ以上詮索しないけどね」

 珍しく、不機嫌な様子の胡桃。

「胡桃、話って何?」

 話題を変えたくて言ってみたが、我ながら白々しかった。俺はその要件を知っている。もうなんか、胡桃の気持ちを知っておいてなお告白待ちみたいなのもどうなのか、とか考えてみる。

「うーん。もう、そういう気分じゃなくなっちゃったな。そだね、これは、仕切り直しかな」

 ため息をつく。

「そっか。じゃあ俺から。胡桃さ、明日暇か?」

「ん?」

「明日、遊びに行こうぜ」

「いいけど、どこ行くの?」

「それは……まだ決めていないんだ」

「そうなんだ……」

 少し、表情が明るくなる。

「実は明日さ、胡桃、運勢悪いんだよ」

「運勢って前の日からわかるものなの? 朝のワイドショーとかで発表されるものじゃないの?」

「ネットで一週間分まとまて見たんだよ」

「五可、占いとか見るんだ」

「ああ、最近はまってるんだ」

「ふーん」

「ちなみに、ラッキーパーソンは幼馴染だ。良かったな胡桃、俺がいる」

「あはは。ほんと、ラッキーだね、私」

「でさ、運気の悪い明日が終わって、明後日が来たら、胡桃に大事な話があるんだ」

「?」

 今度は俺から気持ちを伝えよう。

 とか、そんなことを、思ってみたり。

 明日――勤労感謝の日を超えることができたら――。

 

 

 胡桃が帰ったあと、またどこからともなく、タマが部屋に現れた。

「話と違うじゃんか。俺以外にお前の姿は見えないんじゃなかったのか」

「うーん。おかしいにゃ。五可のパパママには確かに見えてなかったが、どういうわけか、胡桃には、私の姿が見えるようにゃ」

「大丈夫かよ。俺にはお前だけが頼りなんだぞ」

 そうだ。俺は胡桃を救わなければならない。明日こそ、必ず。

「でもさ、タマ、お前、胡桃のこと、あんなに警戒することもないのに」

「五可のことは応援してるが――」

 いつもおちゃらけているタマは、このときばかりはいつになく真剣な表情だった。

「――あの女のことは嫌いにゃ」