『太陽と冬の少女 #5』 /小説/短編/ファンタジー
#5
「雪だるま?」
というと、雪だるまか――雪の玉を2つ縦に重ねたもの。
記憶の引き出しを探ってみる。
僕がフブキと出会った頃、そう、つまり『子供の頃』だ、彼女に小さな雪だるまをプレゼントされたことがある――が、そのことじゃない。
『僕が作った』雪だるまだと、彼女はそう言った。
記憶の中の、ある引き出しに手をかけたとき、ふと、その光景が脳内に広がった。
子供の頃。
今のように部屋に閉じ籠もってしまう前。
雪が積もっていた。
僕ははしゃいで、庭に、自分の身長ほどもある雪だるまを作った。
とても誇らしく。
僕はその雪だるまのことを、本当の友達だと、信じ込んでいた。
だから、毎日話しかけた。
毎日と言っても数日の間だったけれど。
数日後、友達は溶けてしまった。
ドロドロになって、グシャグシャになった。
そんな、子供の頃の取るに足らない出来事。
もう、使わないだろうと、記憶の奥のほうに、とっくにしまい込んでいたトラウマ。
「そうそう。今まで黙ってたけど、それ私」
フブキは本気だろうか。実は天使なんだ、とか言われたほうが、まだ現実的に思えた。僕は首を振った。
「まさか……」
「別に信じなくてもいいけどさ」
頬を膨らますフブキ。
「いや、信じるよ。友達の言うことだもの」
とにかく、話を進めようと思った。でも、信用してないってわけじゃないけれど、鵜呑みにはできない話だ。当たり前だと思う。
「あの日。初めて太陽君と出会ったあの日、私は気がつけばそこにいたんだ」
フブキはベランダを指差した。
「てっきり、ヤモリみたいに壁をよじ登ってきたんだと思ったよ」
「なわけないじゃん」
うん。まあ、ない。中学生の頃の発想だし。
「もちろん鳥のように空から舞い降りたわけでもない。そこのベランダで、私は発生したんだ」
「発生……」
「初めはどういう状況か全くわからなかった。自分が何者かもわからない。どうしようと慌てることすらできなかった。とりあえず、窓を叩いてみた。すると君がカーテンと窓を開けて、中に入れてくれた。君の顔を見て、すぐにわかった。自分が何者か唐突に理解した。私の記憶はほとんど真っ白だったけど、君との思い出だけは、あったんだ」
「たしか、あのときフブキは僕のことを知ってると言ってた」
そして――
「同時に、どうして私がここにいるのかもわかった。私は、君を助けに来たんだ」
「それで、ずっと言ってたのか」
外に連れ出すって。
外で一緒に遊ぼって。
でも僕は――
「なんだかんだで、部屋の中で一緒に遊ぶだけになったけど。まあ、太陽君も楽しそうだったし、それでもいいかなってなって」
照れ隠しのように笑うフブキ。
そうだ。僕は彼女と一緒にいられるだけで、満足してしまったんだ。
外に出なくてもいいことあるじゃんって、そう思ってしまったんだ。
フブキには悪いけど。
「そうだよ。僕は君に救われたんだ。僕は君と一緒に過ごせるだけで救われたんだよ。それが、冬の間だけだったとしても。雪だるまでも、天使でも、そんなことは重要じゃない」
気持ちを言葉にする。そういえば、今まではっきりと口にしたことはあっただろうか。
僕の人生にとって、彼女がかけがえのない存在だということを。でも、フブキは目を伏せた。
「外の世界に出れば他にもいいことがあるよ」
外に出ろなんて、引きこもりにとっては無神経なセリフが、フブキの口から出ると不思議となんとも思わなかった。
「君がいてくれれば、それでいい」
「言いにくんだけど、ね、太陽君。私、もうすぐここには、いられなくなるんだよ」
「でもまた、冬になったら来てくれるんだろ」
「ううん。冬になっても、もうここには来れなくなるんだよ」
――と、彼女は死刑宣告のような、絶望的なことを言った。
「そんなこと……」
「だから、全部話そうと思ったんだ。それが、いつかはわからない。来年かもしれないし、再来年かもしれないし、今年かもしれない」
目眩で倒れそうになる。
「どうして、急に――」
「前から予兆はあったんだけどね。何でかと言うと、そうだな……説明しにくいんだけど……冬のパワーが弱まっているからかな」
言い方を考えて出たのが、そんなふわっとした言葉だった。
「冬の……パワー?」
「そ、フユヂカラ」
そういうとバカみたいだ。馬鹿力みたいな。ともかく。
冬のパワーというのは、確かに抽象的な表現だが、しっくりとくるものはあった。
薄々気付いている。だって、ここ数年、雪が積もらなくなったもの。
冬の間だけ遊びに来て、春になったら帰るというのは、冬の間しかいられないというのは、つまりそういうことなのだ。
じゃあ、もし冬がなくなったら。
消えてしまう――のか。
雪だるまのように。
溶けてなくなる――。
次の冬。
毎年楽しみに待っていた窓を叩く音を聞くことはかった。