がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『太陽と冬の少女 #4』 /小説/短編/ファンタジー

 

 

 #4

 

 春が来た。

 一度も学校に行かないまま、学年がひとつ上がった。

 進級するためには最低限の出席日数が必要みたいな制約とか、ないのだろうか。そこら辺の仕組みがどうなっているのかは、よくわからない。スマホで調べれば出てくるかもしれないが、そんなに重要なことでもないだろう。

 僕の人生において重要なことはそうそうない。唯一の友達であるフブキくらいなものだ。でもあの日――次の冬まで来ることはできないと言われた日から、彼女には会っていない。

 中学生最後の一年間。でもだからといって、どうということもない。だから、登校してみようかなんて感傷は、特段ない。部屋に籠もったまま日々が過ぎていく。

 外の暑さも知らず、夏が過ぎ去る。

 景色の色の変化も見ずに、秋も過ぎ去る。った

 快適な室内で、自分だけの閉じた世界で年がら年中だらだらして日々を過ごすだけだ。

 冷凍庫に入れた雪だるまは、ずっとそこに居座っている。たまに、それを眺めながら、楽しかった冬を思い出す。友達と過ごした冬を。

 冬になった。

 それは今冬初めての雪の日だった。

 コンコンコン――

 窓を叩く音。

 胸が高なった。

 ニヤつく顔を引き締めながら、掃き出し窓を開ける。

「1年ぶりだね、太陽君。いや、正確には10ヶ月ぶりかな」

「久しぶり――フブキ」

「入っていいかな」

「ずかずかと入って来てよ。前はそうだったじゃない」

 そう。

 こうして言葉を交わせば、タイムスリップしたかのように、今日とあの日が繋がる。部屋に馴染むフブキの姿は記憶のままだ。


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「太陽君は、少し背伸びたんじゃない?」

「そう?」

 どうだろう。自分じゃわからない。背なんてしばらく測ってないから。学校に行っていれば、身体測定とかあるのだけれど。

 そして、彼女はお決まりの文句を言う。

「今年こそ外に出て遊ぼうよ」

 それは、もちろん。

 彼女が僕の今の状態を良くなくいと考えていて、それは純粋に僕のためを思って言ってくれているのだと、僕にはわかっていた。

 でもさ。

 僕にも意地がある。そう言われると、ますます外に出たくなくなるんだ。

「やだよ。だって、外は寒いじゃないか――」

「私外にいたけど全然寒くないよ」

「絶対嘘だ」

 僕の見る限り、フブキの服装は厳重に着込んでいるような印象はない。

「裸で歩いたって平気だよ」

「それじゃあただの露出狂だ」

「そうだね、そんな格好で歩いてたらお巡りさん補導されちゃうよ、太陽君」

「裸で歩くの僕!?」

「やだなあ。女の子が裸で外とか歩くわけないじゃない」

「男の子だって歩かないよ!」

 で、結局家の中で遊ぶ。ゲームをしたり、ゴロゴロしながら漫画を読んだり、お喋りをしたりして過ごす。

 そして。

 季節は過ぎ去っていく。

 ひと冬を一緒に過ごし、春になったら彼女は去っていく。

 なぜ冬以外には会えないのか、ということをもちろん聞いたことはある。でも、大事なことは彼女はいつも、はぐらかすんだ。

 

 初めてフブキと出会ってから、何年も経っていた。

 僕は絶賛引きこもり継続中だ。

 だって、楽だもの。

 一度この楽さを覚えたら、二度と真面目に生きようなんて思わない。常識的に生きようなんて思えない。

 たまに得体の知らない焦燥が脳みその隅のほうに芽生えるが、気が付かないふりをする。

 唐突だが少し家族の話をしよう。

 僕には、1人妹がいる。妹は僕と違い優秀で、学校の成績がとても良い。品行方正で、社交性があり、僕のことをゴミを見るみたいな目で見てくる。

 母はとにかく口うるさかった。それ以上でもそれ以下でもない。

 反対に父は優しかった。母親と違い僕の素行について、何も言わなかった。妹と違い、いつも優しい目を僕に向けた。

 僕だって馬鹿じゃない。その優しさは無関心の表れだってことは知っている。

 

 僕は気がつけば大人になっていた。

 そろそろ言い訳が聞かないくらいに、どこからどう見てもいい大人だった。身長も伸びたし、ひげも生えるようになった。

 そんな僕がいまだ引きこもり(というかこの年になるとニートと呼ぶほうが適切だろう)なんていう上流な暮らしができるのは、ひとえに父の収入が高かったからだ。家は裕福だった。きっと、その裕福さが僕の自立を阻んでいる。だって、いつまでも現状のままいけそうだから。

 ――いや。

 さすがに、それは言い訳だ。

 単に僕が、駄目な奴だというだけだ。他の何でもない。駄目なのは自分自身だ。

 でも、そんな僕のもとに、フブキは毎冬会いに来てくれた。冬の間、彼女と会うのがもはや僕にとっての唯一の楽しみであり、救いだった。でも――

 


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 初めから、何か変だとは感じていたんだ。

「フブキは、その……変わらないんだね」

 変わらないということは成長しないということだ。彼女はいつまでも子供の姿のままだった。

 得意の気付かないふりをして、不都合なことから目を逸らして、これまできた。いや、本当は不都合などないのかもしれない。それでも、何か僕達の関係が壊れるきっかけになるかもしれない。

 そう、やぶ蛇は良くない。現状維持でいい。

 そう思ってたいたが、そろそろ矛盾に目をつむるのも限界で、思わず口をついて出てしまったのだ。

「――そうだね。いい加減言い訳もきかないから言っちゃうとね――私、人間じゃないんだよ」

「うん。まあ、そうじゃないかと思ってたよ。まるで空から来て空に帰るみたいだもの。じゃあ、君は天使?」

 まさか悪魔ってことはないだろう。

「あはは、天使か。それはとても素敵だけれど、違うよ。私はね。昔君が子供の頃に作ってくれた雪だるまなんだ」

 そう、彼女は実にあっさりと自分の正体を明かした。