『がらくた #6』
#6
僕はまた、ここに戻ってきた。
森の奥の、村人たちが要らなくなったゴミを捨てていく場所。
ゴミ山は数年前より大きくなっていた。当たり前だ。誰かがゴミを回収しに来ているわけではないので、増える一方なのである。
燃やすでもなく、埋めるでもなく、ただ捨てて、忘れ去るだけ――きっと、いつかのクマのぬいぐるみも、このゴミ山のどこかに埋まっているのだろう。
そんな場所に、僕はロゼッタの母親によって運ばれ、捨てられた。僕はゴミ山の構成要素となった。
しかし――だ。
これで良かったのかもしれないと、思うのだ。
ロゼッタのことは好きだけれど。
大好きだけれど。
ずっと一緒にいたいと思うけれど。
だからこそ。
ロゼッタは、きっと僕と離れたほうがいい。
彼女は、優しくて、明るくて、可愛くて、美しい。人間の中で人間に愛されるべき人だ。
僕のことを恋人だと言ってくれるのは嬉しいけれど、僕は彼女に何もしてあげられないから。
僕はガラクタ、いや、ゴミだ。ゴミでいい。ゴミとして、忘れられ、ここで朽ち果てるのが――いい。
なのに。
当然のように。
当然なのだろう。
ロゼッタはこの場所にやって来た。
ここは、初めて僕達が出会った場所だった。
「レオ、いるんでしょう? おうちに帰りましょう。私達のおうちに」
学校から帰って、僕がいないのに気が付き、思い至って、ここに来た――日の傾き具合を見るに、そのくらいの時間だ。或いは、単に母親に聞いたということもあり得る。母親は、仕事を休んだふうだったので、学校から帰ってきたロゼッタと、話をしたのかもしれない。
ロゼッタはゴミ山の中から僕の姿を探し、そして見つける。
見つけてしまう。
変わり果てた僕の姿を。
「え? あれ? あはは。嘘よね? あ、ああああああああ――!」
ロゼッタは絶叫した。
僕の体は母親によってバラバラにされていた。頭部と四肢は、胴体から切り離され、胴体も3つに分けられていた。分解されたのではなく、斧でぶった斬られたのだ。
ロゼッタはゴミ山に放られた僕の残骸を拾ったり置いたりして確かめたあと、嘔吐した。
◇
「レオは生きている。まだ、ここにいる」
僕の頭部を抱いてひとしきり泣いたあと、ロゼッタは呟いた。
「帰ろう、私達のおうちに」
そして、僕の頭部を抱いたまま歩き出す。
家に到着するなりロゼッタは叫んだ。
「ママ! これはいったいどういうこと!?」
足音を鳴らしながら奥に進む。母親は、キッチンで夕食の支度をしていた。
「大きな声を出しては駄目よ、はしたない。帰ったのなら手伝いをしてちょうだい」
「白々しい。これはどういうことか説明して!」
「説明って何のこと?」
「なぜ、レオにこんなひどいことを――」
「だって、運ぶ途中で、もし知り合いに会ったときに説明できないもの。小さく分けて、ただの鉄くずに見えるようにしたのよ」
「レオを捨てたと聞いたときは大人気ない嫌がらせだと思ったけれど、これはあんまりよ!」
「あなたは何を怒っているの? それはただの鉄くずよ」
「私の恋人だと言ってるでしょ!」
母親は、頭を掻きむしった。
「ああ! もう!」
母親はヒステリックに唸ると、勝手口から表へ出た。ロゼッタはその行動の意図が掴めず、その場に立ち尽くしたが、すぐに母親は戻ってきた。今朝と同じだ。手には斧が握られていた。
「なまじ、人の形をしているから――」
「ママ?」
「だから、あなたは何か勘違いをしてしまったのね、ロゼッタ。バラバラにすれば、ただの鉄くずにしてしまえば、あなたも目を覚ますかと思ったけれど、あなたはそれを持って帰ってしまった。その頭の部分を叩き割ればあなたも理解するかしら?」
頭も鉄でできているのだが、ロゼッタがそれほど苦労なく運べるくらいの重さであり、おそらく中は空洞になっている。斧で割ることは、まあ、可能かもしれない。
「空っぽの中身を見せれば納得するかしら? 妄想から醒めるかしら?」
「いや! やめて、ママ」
「それを渡しなさい。ロゼッタ」
成長したといっても、ロゼッタは華奢だった。その細い腕を母親が掴む。
「い、た――」
頭部だけの僕は地面を転がった。
母は喜々として斧を振り上げる。
「やめてえええ!」
もはや、ロゼッタがとれる選択肢はそう、多くはなかった。そして、彼女はその中でも最悪のものを選択する。
ロゼッタの手には、包丁が握られていた。先程まで、今日の夕飯の支度に使われていたものだ。
「ああああああ――!」
体重を乗せ、刃を母親の腹部に突き刺す。
「――え?」
刃は魔法のように母親の横腹に吸い込まれた。横腹から、柄の部分が生えているような形になり、柄の根本から、どくどくと血液が流れ出る。
血液は口からも噴射された。想像するに、消化器官が傷つけられ、内側に血液が流れ込んだ結果だろう。
母親は、青ざめてガタガタと震える娘を、ポカンとした表情で見たあと、床に倒れ込んだ。
「――――」
虚ろな目でパクパクと口を動かしたが、それが言葉になることはない。そしてロゼッタの母親はそのまま動かなくなった。
もう、彼女の体に魂は入ってない。そういうことは、僕にはわかるのだ。
母親は物になった。