がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『がらくた #5』

 

 

 #5

 

  ◇

 

「レオとのことはママには内緒よ」

 僕は、もう何年も前の日のことを思い出していた。ロゼッタがまだ幼かった頃の話だ。

「私とレオが恋人同士であることをママが知ったら、きっと私とレオを引き離そうとすると思うの」

 ロゼッタには悪いが、そうなったとしても母親として至極まっとうな判断だと思った。なにしろ僕は鉄でできたガラクタだ。

「だから、ママには内緒。そうでなくとも、ママはレオのことが嫌いで、あなたを捨てようとするのだから、絶対内緒」

 ロゼッタは僕に抱きついた――ロッキングチェアが揺れる。

「私はずっとレオと一緒にいたい。そしてママとも――レオと同じくらい私はママのことが好きだもの。この家でずっと、レオとママと一緒に暮らすのが私の夢だから……」

 

  ◇

 

 母親は、罪人を見るような目を娘に向けた。

「マ……ママ? どうしたの? こんな時間に」

 ロゼッタは僕から離れて笑みを作った。

「誤魔化そうとしても駄目よ。ママはあなたが今したことを見ていたわ」

 悪いことに、ランプの火がなくても床板の木目がわかるくらい、窓から射し込む月の光は明るかった。

 そして、ロゼッタの一連の行動が見られていたのだとしたら、それは作り笑い程度で誤魔化せるようなことではなかった。

「違うのママ。これは、その……遊びよ。ほら、彼、顔がハンサムだし――」

「いいえ、ママはその前のあなたの独り言から聞いていたわ」

「だから、それも遊び――」

「仕事場で聞いたのよ――昨日のことを」

「昨日の……こと?」

「昨日あなたがうちに連れて来た男の子は、ママの同僚の息子さんなの。昨日あなたがしたことは、だいたい聞いたわ」

 つまり昨日の青年が、ロゼッタとの一件を彼の親に報告し、そこからロゼッタの母に話が伝わったということだろう。

「あいつ……」

 ロゼッタは舌打ちをした。

「でも……私は何も悪いことをしてない。これじゃあまるで罪人みたいだわ」

「そうね。あなたは何か罪を犯したというわけではないわ」

「なら、こんな詰問おかしいわ」

「いいえ。あなたは悪い子よ、ロゼッタ。いい加減、そのガラクタを捨ててしまいなさい」

「いやよ」

「捨てなさい」

「いや! いや! いや!」

 母親はこめかみを指で抑えた。

「あなたは、このガラクタのことを、恋人だと言ったそうね。いったい、それはどういう意味?」

 それは、決して母親に知られてはならないロゼッタの胸の内だった。ロゼッタは押し黙ったが、やがて覚悟したように、強い眼差しを母親に向けた。

「そのままの意味よ、ママ。私と彼は恋人同士なの。私は彼を愛しているし、彼も私を愛しているわ」

「本気じゃないわよね」

「もちろん、本気よ」

「あなた正気なの?」

「もちろん、正気よ」

「あなたは妄想か何かを見ているの? よく見なさい、ロゼッタ。あなたが、恋人だと言っている『それ』を。人間じゃない――鉄くずをつなぎ合わせて人のような形にしているだけの物体。顔だけ精巧に作られているようだけれど、それでも人形とすら呼べないガラクタ――いえゴミ同然のものよ」

「私の恋人をゴミだなんて言わないで! もちろん、普通じゃないのはわかってる。でもこの気持ちは本物なの! どうしようもないの! 教えて、ママ。普通でないことはいけないことなの?」

「いけないわ。そんなことでは、あなたを貰ってくれる人がいなくなってしまう」

「貰われなくて結構よ! 私はずっとレオと一緒にいるのだから」

「ずっと? いつまでもというわけにはいかないでしょう」

「いつまでもよ! 一生よ!」

 ロゼッタの剣幕に押されて、母親は言葉を詰まらせた。そして、ため息をつく。

「わかった。今日のところはもういい。ママも少し考えるわ。もう時間も遅いし、明日も学校があるでしょう。今日はもう寝ましょう」

 そして母親は、去り際に言った。

「私はあなたに幸せになってほしいだけなのよ」

「私の幸せは私が決めるわ、ママ」

 


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 次の日。

 通常どおりロゼッタは学校に、母親は仕事へ出掛けたようだった。家の中がしんと静まり返る。いつもどおりの朝だ。

 でも、すぐに母親が戻ってきた。

 母親は、僕をロッキングチェアからおろすと、外まで引きずっていった。

 この家に来てから初めて、すなわち数年ぶりに外に出た。

「こんなものを運ぶ姿を誰かに見られたくないわ。恥ずかしい」

 そのまま、家の裏に連れていかれる。

 母親は納屋に入り、すぐに出てきた。手には斧――薪割りか何かに使うものだろう。

「こんなことになるのなら、初めからこうしておけば良かった。あの子に何と言われようとも、たとえ嫌われようとも、やらなくちゃいけない。私はあの子のママだから」

 そして彼女は、斧を振りかぶり、地面に横たわる僕にそれを振り下ろした。