がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

全12話『がらくた #1』

 

 

 #1

 

 ある日、僕は森の奥に連れてこられた。

 その一画には、ガラクタの山ができていた。壊れた家具や鉄くずなど、役に立たなそうなものが山積している。ここはきっとガラクタを置いておく場所なのだろう。

 村の青年たちは、協力して僕を抱え、山の上に放った。ガシャンと大げさな音がした。青年たちはそのまま、僕を置きざりにした。

 僕の体は主に鉄くずの寄せ集めでできていたけれど、他のガラクタとは少しだけ様子が違った。もしかすると自意識過剰なだけかもしれないけれど、僕はそう思う。

 僕の体は、一応人間のような形をしていた。胴体の部分があり、腕の部分があり、足の部分があり、そして頭の部分があった。頭部だけは、型を取って作られたようで、より人間に近い形状をしていた。

 だから、だろうか。

 僕に意識があるのは。

 こうして思考ができているのは。

 もちろん、金属製の頭に脳ミソなどが詰まっているはずがない。だから、この意識はきっと、魂と呼ばれるものが作り出しているのだろう。

 その後も度々人が来て、僕の上にガラクタを放っていった。僕の体はだんだんと埋没していく。

 ある日、気が付いた。

 ここは村人がガラクタを置いていっている場所だと考えていたが、どうやらそうではないらしい。いや、それも間違った表現ではないのだろうが、本質的ではない。

 より正しい表現は、彼らは要らなくなったゴミを捨てている――だ。

 つまり、ここはゴミ捨て場だった。

 要するに僕はゴミだった。

 

 ◇

 

 今日もまた、子供がゴミを捨てていった。きっと、家の手伝いか何かだろう。錆びた鉄鍋みたいなものをこちらに放ってきた。

 鉄鍋はゴミの上を転がり、かろうじてまだ埋もれていなかった僕の顔の辺りで動きを止めた。

 子供――女の子は、僕の顔を不思議そうに眺めたあと、去っていった。

 ここのゴミを誰かが回収にくる様子はなかった。つまり置きっぱなし――いや、捨てっぱなしだった。

 だから、ここにあるゴミたちは、風にさらされ、雨に濡れ、やがて朽ちていく運命だ。風化し、劣化し、錆びて、壊れて、朽ち果てる。

 それはもちろん、僕も同じだ。

 だって、僕もゴミだから。

 こうして無駄な思考を繰り返しながら、終わりが来るまで待つだけだ。

 しかし。

 体が朽ち果てれば、この魂はどうなるのだろうか。

 体とともに朽ちるのだろうか。

 終わりは本当に来るのだろうか。

 一度生まれた魂は、物質とは別に残り続ける気もする――そんな事態は御免被りたかった。

 と、また、人が来た。

 おや、と思った。

 先ほど鉄鍋を捨てていった女の子だった。

 彼女は僕の顔が出ている位置まで山を駆け上り、しゃがんで、こちらを覗き込んだ。ルビーのような深く赤い色の目が僕を観察している。

 


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 そして彼女は言った。

「あなたは、だあれ?」

 僕は、意識があるだけの鉄くずだ。首を動かすことはできないし、声をあげることもできない。すなわち彼女に返答する方法がない。

「名前は?」

 名前は、ない。

「こんなところにいて、寂しくない?」

 この意識が生まれてから、寂しいといった感情を抱いたことはなかった。遊びで僕を作って捨てた青年たちには、そもそも思い入れなどなかったし、感覚として僕はずっとひとりで、それが普通だった。

 女の子はしばらくして、

「うち、来る?」

 そう問いかけた。

 繰り返すが僕には彼女に意思を伝える方法が何もない。仮にあったとしても、返答に困っただろうが。

 しかし、女の子は何も反応がない僕を見て、なぜか肯定したものと受け取ったようだ。

「ちょっと待っててね」

 女の子は僕の体をガラクタの山から掘り起こそうとする。子供には大変な作業に違いなかった。

 僕の体の上に積もったゴミを掴んでは投げてを繰り返す。しばらく作業は続き、やがて、久方ぶりに僕の体の全貌があらわになる。

「じゃ、行こっか」

 女の子が僕をゴミの山から引きずり降ろすと、ガラガラと山が崩れた。彼女は、僕の足で自分の腰を挟むようにして僕の足首を持ち、そのまま歩き出した。僕は地面を引きずられていく。

 

 そうして、僕はゴミ捨て場から脱出した。相変わらずガラクタであることには違いないけれど、少なくともゴミではなくなった。

 

 この日、彼女――ロゼッタは僕と出会った。

 出会ってしまった。