がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

全1話『犬の○○○』 /ホラー?


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 学校の帰り道。

 僕はサトルと並んで歩いていた。

 彼と家の方向が同じであることは以前からわかっていたが、今までは何となくタイミングが合わなかった。しかし、最近はサトルと一緒に下校することが度々あった。

 僕はサトルについて、ひとつどうしても気になることがあった。それは、いつも彼が地面に顔を向けて歩いていることだ。

 何か、特別な事情があるのかもしれないので、今まで聞かないでおいたが、その日、僕は我慢できずに疑問をぶつけた。

「どうして君はいつも下を向いて歩いているの?」

「え?」

「僕が思うに、君は前を向いて歩いた方がいい」

「どうして?」

「そりゃあ、危ないからだよ。自分が進む方向に注意を向けていないと、交通事故にあうかもしれない」

「確かにそういう意味では危ないね。でも、僕は下を向いて歩くのをやめないよ」

「なぜだい?」

「それは今君が言ったようなリスクより、地面に注意を払わなかったときのリスクのほうが大きいからだよ」

「地面に注意を払わなかったときのリスクって?」

「犬の○○○を踏むことだよ」

「犬の○○○だって? 君はそんなものをいちいち気にして歩いているのか?」

「そんなもの? 犬の○○○は大変なものだよ」

「大変といえば、大変だけれど……」

「あれは、最悪だ。まず見た目が醜い」

「確かにグロテスクだね」

「そして、酷い匂いだ」

「でも、そこまで気にするほどのものでもないと思うけど」

「何? じゃあ、君は踏めるっていうのか? 犬の○○○を」

「そりゃあ、できれば踏みたくはないな」

「そら見ろ。なら、むしろ君のほうこそ下を向いて歩くべきだ」

「ちょっと待って。今の会話は何だかずるかった」

「何がずるいんだよ」

「もともとは交通事故のリスクと比べてどうだという話だったはすだ。それが犬の○○○を踏むか踏まないかの二択になっている」

「ははん。わかったぞ。つまり君は、犬の○○○を軽視しているんだな」

「そりゃあ、犬の○○○を踏んだら、その時は気持ちが悪いかもしれないが、それで終わりだ。対して、交通事故にあえば、後遺症が残るような怪我をするかもしれないし、それ以前に命を落とす可能性も高い」

「そら見ろ。まったく軽視している。犬の○○○は踏んだらそこで終わりじゃないんだ」

「靴を捨てて終わりだろう」

「君はわかってない。犬の○○○を踏めば、呪いを受けるんだ」

「呪いだって? そんな馬鹿な話があるか」

「本当だよ」

「一応確認しておくが、君が言う犬の○○○ってのは、犬の肛門から出てくるアレのことだよな」

「そうだよ」

「なら、そんな話は聞いたことがない。なぜ君は、犬の○○○を踏むと呪われると思うんだい?」

「実体験からだよ。君は犬の○○○を踏んだことはあるかい?」

「ないよ」

「僕はあるんだ、以前に」

「それで、呪われたと」

「ああ」

「具体的にはどうなったんだ?」

「友達がいなくなった」

「それは、呪いのせいなのか?」

「そうだ。僕は犬の○○○を踏んで、呪いを受け、友達を失った」

「今のセリフ、何か変だぞ。君が友達を失ったきっかけが犬の○○○を踏んだことだったとしても、それは呪いを受けたことを意味しないと思う」

「いや、そんなことはない。単に犬の○○○を踏んだだけというなら、友達を失ったりしない。そこには呪いがあったと考えるのが自然だろう」

「君の主張は概ね理解したよ。でも、僕はもうひとつ可能性があると思う。呪いだのといった概念を持ち出すより合理的な説だ。それは、君から離れていった彼らは、君がそう思っていただけで、実は友達ではなかったということだよ」

「何だって?」

「すごく言いにくいんだけど、君は変なやつだから、初めから友達がいなかったというだけだと思う」

「それはおかしい。僕が、変なやつだから友達ができないというなら、君はいったい何なんだ?」

「僕は君のことを友達だとは思ってないよ」

「何? こうやって一緒に会話をしながら下校しているじゃないか」

「たまにね」

「じゃあ、これから友達の定義について――」

 と言ったところで、サトルの動きがピタリと止まった。

 きっと、僕との会話のせいで、足元への注意が散漫になっていたのだろう。

 サトルは、犬の○○○を踏んでいた。

 サトルは、サイレンのような奇声をあげた。

 犬の○○○は、サトルの靴の下で、うねうねと蠢いたあと、サトルに負けないくらいの奇声をあげた。

 僕は思った。

 サトルが変なやつなのは、犬の○○○の呪いによるものだったのかもしれないと。