『実験室 #2(最終話)』 /ホラー
#2
天井の穴の中にカメラのレンズのようなものが覗いて見える。俺は、はっと気が付いて部屋の四方の壁を調べた。
「あっ!」
結果、いくつか、同じようなものを見付けた。そして、その意味するところを想像して、ぞっとした。
監視されている――のか?
あくまで、想像だけれど。
誰かが俺の様子を、モニタリングしているのだ。きっと。
あるいは、リアルタイムでの監視ではなく、録画をしているということもあるかもしれないが、いずれにせよ、良い気はしない。
改めて自分が置かれている状況について、考えてみる。
例えば、テレビのバラエティ番組というのはどうだろうか。ドッキリ企画というやつだ。
しかし、その場合、自分のような一般人をひっかけるものだろうかという疑問が生じる。いや、記憶がないのだから、そうとも言い切れない。もしかしたら俺はテレビタレントか何かだとういう可能性もある――
いや、違う。
それだと、俺の記憶がないことの説明がつかない。記憶喪失であることと、ここに閉じ込められていることは無関係ではないだろう。であれば、まさかテレビ番組のために、(それがどんな方法かは置いておいて)脳をいじくったりはしないだろうし。
では、何だ?
白衣を着た頭のおかしな科学者が、人体実験でもしているのだろうか。
そう考えると、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
ここを脱出することができたら、どこかでコーヒーでも飲みながらモニタを覗いているマッドサイエンティスト様に、力いっぱい文句をぶつけてやろうと、心に決めた。
◇
ダイヤルを回し始めてから、どのくらい時間が経っただろうか。時計がないので、正確なことはわからない――どころか、時間感覚というものが、まるで狂っていた。
すでに数日たっているような気もするし、或いはまだ数時間しか経っていないと言われれば、それはそれで納得してしまいそうだ。
そして、食べ物どころか水分すら取っておらず、頭が朦朧としていた。同じ作業の繰り返しがまた、思考力を奪っている。
俺は、なぜこんなことをしているのか。
苦しい。
いっそ、諦めれば楽になれるのか。
馬鹿な。
諦めれば死ぬだけだ。
まだ、やれることがあるんだ。
希望はある。
やれることをやるんだ。
そして、その時は突然訪れた。
数字を合わせると、カチリと音がした。
「あっ」
もしやと思い、扉の取っ手を掴んで押してみると、ギィという音がして扉が開いた。
外に向かって足を進める。足元がおぼつかず、ふらふらだった。
でも、ここからまだ頑張らなければならない。この先待ち受けているものが何かはわからないが、このまま無事脱出というわけにはいかないだろう。なんとしても、生き延びるんだ。
◇
今ひとつ、状況が掴めなかった。
鏡があれば、ぽかんとした表情の男が映るだろう。
部屋を出た俺を待ち受けていたのは、巨人だった。自分の身長の10倍以上ありそうだ。
巨人は女性の姿をしていた。長い黒髪が白衣にかかっている。感情がないかのような冷徹な目が僕を見下ろしている。
焦るな――といっても無茶だが、少しでも状況を把握するんだ。
周辺を見回す。屋内のようだった。ただし、巨人に合わせて作られた部屋のようで、とてつもなく広い空間だった。何に使うかわからない機械だったり試験管だったりが無秩序に置かれていた。もちろん、いずれも巨人が使いやすいような、大きさのものだ。
そして、俺はどうやら、巨人のデスクの上に立っているらしかった。少し離れたところに、巨大なマグカップが置かれている。また一方には巨大なモニターがあり、そこには、先程まで俺がいた部屋が映し出されていた。
「……実験終了」
女は俺に背を向けてドアの方に歩いていった。その背中に向かって俺は叫んだ。
「あーっ! あーっ!」
女は振り返り、俺の方を一瞥したあと、
「後片付け、お願いね」
何か、言葉らしきものを発したが、何を言っているのかはわからなかった。そして、今度こそドアを開けて出ていった。
部屋にはもう一人巨人がいた。今度は男の巨人だった。
「嫌な役だけ押し付けるなよな、まったく」
俺は、今度は男の巨人に向かって叫んだ。
「あっ! あっ! あっ!」
叫ぶこと以外何もできない。逃げ出すことも――このデスクを自力で降りることさえかなわないだろう。
「それなりの知能はあるようだが、相変わらず言葉は喋れないようだ。しかし、実験だかなんだか知らないけれど、こんなに小さな人間まで作るかね。相応の知識を与えてまで――本当にイカれてるよ。まあ、等身大の人間を使うよりは、処分も楽なのだけれど」
巨人の手がこちらに伸びる。
「あー! あー! あー!」
抵抗するが巨人の力に勝てるはずがない。あっさりと俺は捕獲された。
駄目だ。
まったく話にならない。
希望などあるはずがない。
この巨人の世界において、自分の力でできることなど何ひとつないのだから。
いい加減、ここがどういう場所で、自分が、何者なのか、何となくわかってきた。
この部屋は実験室。
俺はただの――
巨人の男は俺を掴んだまま、部屋の隅に設置された金属製の箱の蓋を開けた。また、先ほどと同じ様な部屋に戻されるのかと思ったが、箱の中を見ると、そうではないらしい。
中には、俺と同じサイズの人間がいた。
何人かは倒れていて、ピクリとも動かない。骸骨のように痩せ細った何人かは、久しぶりに刺した光に向け、縋るように声を上げた。
あー! あー! あー! あー! あー!あー! あー! あー! あー! あー! あー! あー! あー! あー! あー! あー! あー! あー! あー! あー!
それは、地獄から聞こえる死者の呻き声のようだった。
終